ジョナサン・スターン『聞こえくる過去』講読メモ

ジョナサン・スターン『聞こえくる過去 音響再生産の文化的起源』インスクリプト 2015年

 の講読メモです。

 水色の箇所は本の内容ではなくわたしの感想や推察です。
 灰色の部分はわたしの注です。
 緑色の部分は、文章の内容としては脇道だけれども、わたしの興味を引いたので抜粋した部分です。

 この記事ではコメントを許可しているので、わたしが何か間違ったことを書いていたり、問題のある書き方をしていたり、耳寄り情報があるなどの場合は、コメントに書き込んでお知らせいただけると大変助かります!

ハロー!

・音響再生産技術以前ーー声や音楽としての音 
 以後ーー科学的現象としての音
 →音が科学的にどのようなものであるか解明の対象になるまでは、声や音楽が音を理解するためのメタファーであり、基準だった

・現象学・精神分析学の声の特権化
 脱構築における声の特権化の否定
 →ちょっと気になる。

・技術は、特定の実践と関係の所産でしかなく、神格化できるものではないし、技術それ自体などというものはなく、技術を取り巻く文化や社会や人々の営みとの関係こそが重要である
 →うん。

・音とは、聴取とは、社会の中で構築された人間の感覚でしかないので、ネットワークごと考える必要がある 
 ましてや、音は人間の感覚(社会によって醸成された感覚)の先や外にある超越的なものである、という考え方は神学的な偏見であり、もってのほかである
 →日本の言霊信仰とこの視聴覚連祷は重ねて論じても面白いかも? 日本の言霊信仰についての資料が必要だケド……

・私的空間としての聴覚空間 
 音を聴く技術は、個人的な空間の中でしか養われなかった
 →音を集中的に聴くという行為は、人間を個/孤にする
 →サバイバルっぽい。

・アクースマティックな理解=「録音技術は音を発生源から切り離した」は、「透明な録音技術」という産業的プロジェクトであり、コマーシャル 
対面と同等だということにするための 
 録音は客観的じゃなく、再生産されるときに「オリジナル」「原音」「らしく聴こえる」ための演奏方法を生み出さなければならないほど組織的に生み出された/生み出されている
 →確かにいいいいいい。これは小説の「透明な言葉」にも似ているね。
  透明じゃないけど、透明だということにしたくて作り出す音……

・録音=死体の防腐技術、過去の永続的保存というプロジェクト
 空間の関係を時間の関係として理解する、「近代」の帝国主義・植民地主義
 →録音=過去の保存という夢と、その夢が初めて語られた時代の闇
  一方的かつ的外れなノスタルジーによる音や文化の搾取が行われていた……
 →「懐かしい過去、輝かしい過去、愛すべき過去」差別と搾取ーー勝手な美化

・音響再生産の歴史は、音を操作、変容、形成しようとする試みの歴史
 →なぜわたしは音を操作・変容・形成させたいのか
  もとは声と音楽という「メタファー」への愛着からだった
  今もそうだ
  言霊信仰に突き動かされてる部分もある
  語りにも興味あるからだ
  弾き語りのような

  語りの集中的聴取
  閉じられた歌い語りが、神話的経験を開く
  集中的聴取であるから、コミュニケーションではなく/「透明な音」を使った歌い語りであるから、サバイバルな身体感覚(聴覚→全身の感覚)を蘇らせ/個人の中に経験を形作る
  神話の資料が必要だけど。