5/18新曲です。「新緑」

sumnail_sproutinggreen

 夢も希望も、初夏の若葉みたいにすくすく育ちますように。という願いを込めて、新曲を作りました。

 良い匂いがする草いきれ、あるいは森、あるいは自然いっぱいの道の中を、自分のペースで、腕も大きく振ったりして、堂々と歩いていくような。

 ピカピカした光に包まれて、身体の底からみなぎってくる力を感じて進むような。

 全ては自分で切り開くんだ、自分にはきっとそうできる力があるんだって信じられて、勇気を持てるような。

 そんな曲が作りたくて、ピカピカギラギラ爽やかデジタルロック(ピアノ・ストリングス・四つ打ちもあるよ!)を作りました。

 ↑めちゃくちゃ属性盛りだくさんですネ。。。

 作っている最中に気づいたのですが、裏テーマは「全てを楽しんでやる」です。

 どうして生まれてきたのかってずっと考えていたんですけど、最近答えが出て、わたしにとっての答えはすごくシンプルで、「生まれてみたかったから」でした。

 多分、人間の人生ってやつを経験してみたくて生まれてきたんだな、っていう感覚がすごくあって。

 人生楽しいゲームみたいなものなんだから全部全部、小さい頃から夢中で遊んできたRPGみたいに楽しみ尽くして良いんだよっていうのが裏テーマです。

 なので、敬愛するアーティストグループのひとつYMCKのYokemura様が製作したチップチューンが出せるプラグイン「Magical 8bit Plug」の最新版を使用して、ピコピコ音も使ってみました。

(宵部による正確性が保証できない注:
   チップチューンとは・・・1980年代ごろの家庭用ゲーム機から発されていたような、単純な電子音のこと。かわいい。
   プラグインとは・・・特定のソフトウェアに認識させると色々できることが増えるヤツ。追加トッピングみたいなもん。音楽系のソフトで使えるプラグインは音源=楽器だったりエフェクト=音を色々変えられるヤツだったりが多い)

 YMCKのサイトはこちら→https://ymck.net
 思わず童心に帰ってしまったりジーンとしてしまったりする、素晴らしい曲を作る方達なんです……かつプラグインを無償配布もしてくださるなんて、本当に神。
 各種音楽配信サービスでも聴けるので、まだ聴いたことがないって方はぜひ彼らの音楽を聴いてみてください!

 わたしのブログに戻りますが、そんな感じで希望を歌いました。

 希望っていうのは、何か大きな絶望が終わった後に、暗闇の中から星が見えてくるようにして、見出されるものなんじゃないかと思っています。
 だから、「新緑」の歌詞も明るいばかりではありません。

 でもさ、それが本当の希望だと思う。
 闇が無いところに光があっても、それは何も照らせない光じゃないですか。

 恐怖無き者に勇気は無い、みたいな格言も確かあったと思うし。

 そんなふうに、この底抜けに明るく爽やかな曲調だけど、闇だって分かっているこの曲が、あなたの勇気と希望と活力になれば、わたしはこの上なく幸せです。

「 そう 何度だって殺せ
  恐れるものなど何も無いから
  今の僕には
 

 人生いろいろあると思う。

 でもきっと、本当は選択肢ってそんなに少なくないし、世界はそんなに狭くもないから。

 自分のペースで、良い匂いだなって思いながら呼吸して、たまに休んで、

 そうやって歩いて行こうね。

 2021年5月18日 YouTubeでの活動2周年を迎えた 宵部憂

 

【お知らせ】新カテゴリ「STUDY」を開設しました。

shobu_study1

 宵部庭国国民の皆様、ごきげんよう。
 わたしからちょっとしたお知らせです。

 わたしは一国の女帝ですが、同時に大学4年生です。
 ということは、現在ぼちぼちといった感じですが、卒業研究・制作に邁進しています。

 ただ! ひとりで黙々と勉強するのは寂しいしモチベーションが湧かない上に、わたしはちょっとした面倒くさい体質を持っているのです。

 その体質とはズバリ、「学んだ分だけ喋らないと死ぬ体質」です。

「死ぬ」とは大袈裟に言ってしまいましたが、つまりこういったことです。

shobu_study1

 本を読んだり、人から話を聞いたりして、わたしたちは何かを学びますよね。

 でもそれはそれとして、もともとその本に書いてあるような分野について、本とは別のことや本と全く同じではないことを考えていたこともあっただろうし、本を読んだことで自分の考えが湧いてくることもたくさんあると思うんですよ。

 というか、前者を語る言葉を得ることや、後者と出会うこともまた、書いてある / 聞いた 内容を吸収することと同じくらい重要な、学びの意義だと思うのです。

 しかし、わたしはこの、「本の内容以外の、自分が考えていた・考えたこと」を、喋ったりブログに書いたりせずに黙っていると、忘れてしまうし、無自覚に抑圧してしまうことに気が付いたのです。

shobu_stury2

 そうなるとどうなるか。

 まず出てくる症状として、自分の直感を信用できなくなります。「感覚」も同義です。

 しかし、わたしはお勉強とは本来、何かモヤモヤしたものを言葉や数式で解析し説明するものだと考えているので、直感や感覚が鈍ってしまうと、自分がそもそも何を解き明かしたかったのかが分からなくなってしまいます。

 結果として、独自の観点というやつを失うことになりますし、自分の感覚が信じられなくなると、お勉強以外にも支障が出ます。

 わたしは特にそういう影響が顕著に出てしまう人間なので、どうなったかと言うと、
 周りの情報に振り回され、自分が何をしたいのか分からなくなり、お勉強とは関係のない自分の活動に関しても決断力がなくなったり自分のセンスを活かせなくなったりして迷走しました。\(^o^)/

 ということを大学3年間で繰り返してきて、やっと自分にとってバランスの良い勉強の仕方を身につけ始めた、それを上の図に表してみた、という感じです。

 そういうわけで、新カテゴリ「STUDY」は、わたしの健康的な卒研・卒制ライフのために、学んだことの覚書や、学んだことに関してわたしが考えていた/考えたこと・感じていた/感じたこと吐き出し口として使っていこうと思います。

 この記事でいきなりお勉強哲学みたいな大それた話をしてしまいましたが、ふつーに本読んだ内容まとめと考察・感想みたいなブログが多くなると思います。

 わたしの吐き出しのためとはいえ、これを読んでわたしの研究や、わたし自身により興味を持ってもらえたら嬉しいな……という打算的な気持ちもあったりして(ムフフ)。

 そんな感じでとりあえず開設してみます!

 そして関係者各位。

 一緒に卒研・卒制がんばろうね……死にそうになったら支え合おうね……!

 宵部憂

【告知】社会不適合な人たち(我々含む)の居場所をつくります。

社会不適合だけど頑張るラジオー吸血鬼と女帝のゆる〜い対談ー

 大好きな幼馴染とYouTube Liveをします。

 この記事でも話に出した幼馴染です。

 彼女(太子)はこうして表に出るのはほぼ初めてですが、配信には昔からすごく興味があったと語っていて、普段LINE通話で一生話している時の面白さを存分に発揮してくれることと確信しています。

うん、吐いてましたね笑 幼馴染なので大体全部知ってるんですよねお互いのヤバエピソード。

 わたしたちは社会不適合者です。

 それはもう小学校高学年で接近してからというもの、わたしと彼女は「世の中かくも生きづら〜い!」と言わんばかりの話をいつも激しく交わしていました。

 なんか、つまんないのです。

 ふつうの世の中が。

 そして当たり前に適合できませんでした。

 わたしたちからしたら当然思いつくようなことを口にすると、決まって「そんなこと考えたこともなかった」とか、「そうは言っても世の中そんなもんでしょ」とか、「夢語ってんなよ」とか、そんな感じのニュアンスのことを言われて(´・ω・`)となってきました。

 でも!!!!!
 わたしたちの配信ならそんな横槍を入れてくる輩は存在しません。

 というわけで、何に遠慮することもなく、語ろうと思います。

 いかに生きづらい世の中か。

 いかにその中で生きようと頑張ってきたか。

 いかにそれでもダメだったか。

 本当はどうしたいのか。

 何になりたいのか。

 なにができたら最高なのか。

 わたしたちはどういうわけか、生きていく過程の中で、こういった「」を忘れるように、諦めるように教育されます。えっ本当に何で?

 でもね、わたしたちはだから、そういう社会に適合できなかったんですよ。

「自分この辺かな」って居場所を見つけて、そこで地道に日々を重ねていく……という穏やかな生活が、どうしてもしようと思えない。

 わたしたちだって、「自分たちならできる!」なんて思っているわけじゃありません。

 できるとかできないとかではなく、やろうとしないと生きてることが全然楽しくないから、やるしかないじゃん、って思っているだけです。

 割と(精神的にも、行きつく先は物理的にも)生きるか死ぬかのハナシをしています。

 我々は極端なのです笑

 だからね、わたしたちが、

 諦めさせられそうな

 ” 社会に適合するため ” に零し落とそうとする希望

 「 自分としてここに生きていること 」の意義

 そういったものの居場所をつくります。

 だから、社会不適合な我々が、女帝になったり吸血鬼を目指したりする、そこに何があって、今何を考えているのかを話す配信をしようと思い立ちました。

 前半は「社会不適合だけど頑張る」について、
 具体的にはわたしたちがいかに社会不適合かということや(笑)、
 それで苦しんでいた頃からどのように今に至ったのか、
 今はどういう状況なのか、

 といったお話をしていきます。

 そして後半では、わたしたちの理想でありである吸血鬼」と「女帝について、
(太子ちゃんは「吸血鬼になりたい人」で、わたしは「既に女帝」だったりするのですが笑)
 それがわたしたちにとってどのような存在なのか、
「それになる」とはわたしたちにとってどのようなことなのか、
 それになるために何をしていきたいのか、何をしているのか、

 などをお話ししていきます。

 5月12日(水)21時より、宵部憂のYouTubeチャンネルで生配信です。

 ご視聴はこちらから→https://youtu.be/WM-nayz9m_M

 聴くだけでも、コメントをしていただくのも、どなたも大歓迎です。
 お気軽に、タイトルにもあるようにゆる〜くお付き合いください。

 夢や希望や望みを持って生きていくこと、それは決して限られた人だけに許されることってわけじゃない。

 そんなわけがない。

 社会不適合だけど頑張る人たちの居場所をつくります。

 宵部憂

性のブロックが外れた話。

 sensualな人になりたい。

 ずっとそう思っていたことを、思い出しました。

 わたしはずっと、自分の顔や身体のことはむかしから好きだったし、美しいと思っていたけれど、誰か多くの人に見られることには抵抗を持っていました。

 舞台の上に立つ、人前に立つ、と言う状況でのそれは平気ですが、早い話が、ネット上にそんな自分の姿を見せる事には、ずっと抵抗があり、抵抗があるまま「その方が良いのかも」と一時期晒したりしていて、本当に迷走していました。

 それと、やっぱりどこかで、認めたくないですが、「ネットに自分の写真を晒すバカな若い女」(これも実際のところ、だいぶ悪意を込めて作られたイメージに過ぎません、わたしはずっとそれに踊らされていたわけです)になりたくない、と言う気持ちも強かったんだって、気付きました。

 今ならわかります。

 わたしは「人に〇〇な目で見られたくない」「見られたくない」と言って、
 つまり人の目を気にして、自己表現をしようとしていなかったのです。

 ずっと昔から、
 なんならお互い物心つく前ぐらいから、親同士が知り合いで、わたしたちも知り合いで、小学校高学年くらいから徐々に、特に仲良くなった……ようは幼馴染みが、最近、ネット上で顔を出して活動をはじめました。

” 吸血鬼になりたい。”

” 誰にも、人間なんかに負けない、可愛くてカッコよくて最強の存在になりたい “

 彼女は、自分の表現したい世界観、自分のなりたい自分を指して、はっきりとそう言いました。

 そのために、彼女は、何よりも怖かったであろう関門を飛び越えて、動きはじめたのです。

” 自分の世界を表現したい。”

” 自己表現として、写真で表現したい世界観がある “

 彼女は言いました。

 彼女のTwitterはこちらです→https://twitter.com/sesshouda

 わたしは胸を衝かれたような気持ちになりました。

 やっぱり、自分の姿を主体的に見せる(魅せる、にもつながります)ことは、自己表現なのだと。

 どうしてわたしはそれをしたいと思えないのだろう。

ただ、ここでわたしは踏みとどまりました、もう以前のわたしとは違うのです。
気が乗らないなら乗らないで好いじゃない、それも個性じゃない ” と。
無理やり頭の中を書き換えたり、自分に言い含めたりせず、” 気が乗らない ” という自分の気持ちに寄り添いました

 そうしたら、彼女……わたしの本心が、いきなり言い出したのです。

” Twitterのヘッダー変えたい “

 と。

 何に変えるのって聴いたら、あろうことかこの写真でした。

 この写真自体は、わたしも幼なじみに影響されて、好きな服を着て写真を撮るっていうことをしてみて、だから、手元にあったものです。

 それを、自分が一番納得のいく、一番自分が出したいものに近い、一番美しいと思う形に切り出したものです。

 でも、これをヘッダーにしようとしたとき、とんでもなくグルグルする迷いに、わたしは呑みこまれました。

” エッチだなって思われたらどうしよう “

 と。

 結論から言うと、「エッチだなって思う奴の頭の中がエッチなんだよ」って話なんですが、可笑しい事に、わたしはかなり深刻に悩みました。

 YouTubeの調子が悪い時のグルグル並みに迷いました。

 わたしは元来、「生っぽさ」が好きなのです。

 それは肌の肌理(きめ)感触だったり、
 汗に湿った感じだったり、
 呼吸の温度湿度だったり、
 衣擦れの音だったり、
 汗の匂いそれと混じった香水の香りだったり、
 内容はわからないけど穏やかに言葉を交わしているのがわかる、隣室から漏れ聞こえてくる声だったり、
 カーテンに映る影の揺れだったり、
 体温だったりします。

 たぶん、そういうものを感じられる画が好きで、わたしはずっとそれになってみたかったのです。

 あと、冒頭にも書いたsensualセンシュアル)とは、日本語では「官能的」と訳されますが、それは「煽情的」とは少し違って、「五感に訴えかける」といった意味合いが強いです。

 上に書いたような生っぽさ、生命自然息遣いといったものに五感を開いていく、その先に生 – 性 も含まれる、ということです。

 わたしはそういった自然状態みたいなものと、自分の中の女性性をつなげて感じ取っていて、それを表出させてみたかったのです。

 これからもそういった表現は続けていくと思います。

 でも、この上に書いたようなことを、わたしはずっと閉じ込めていました。

” そんなことをしたら付け入られる “

 と、誰かの思惑通りに、貞淑に、つまり性を抑圧した女であろうとしていた

 それが窮屈になって、「女である自分」をどう受け入れて良いのかもわからなくなってしまった。

ここで言う「女である自分」、また後述する「女性性」とは、ペルソナとかアーキタイプみたいなもので、男性の中にもあるもの、としてこの記事では言葉を使っています。アニマってやつもその一つだと思います。「少年である自分(女性であっても)」「子どもである自分」「大人である自分」「ハムレットである自分」「先生である自分」「歌手である自分」「オフィーリアである自分」のように、” 自分らしさ ” や ” 自分が演じる事により醸し出せる独特の個性 ” の様々な側面のうちの一つと考えてください)

 自分の女性性が受け入れられませんでした。

 そうしてやっと見つけた、自分の本来の女性性は、
 自分の外にある、誰かが作ったもの、表現したもの、あるいは押し付けようとしてくるもの--
 そのどれとも違う
 部分的に見れば似ているところもあるかもしれないけれど、本質は全く違う、
 徹底的にオリジナルな存在でした。

 誰かの作った「女性」なんて概念が、ちっぽけに思えるぐらいに。

 わたしはやっと、わたしの半身と和解することができたのだと--あるいは、やっとそのスタートラインに立つことができたのだと思います。

 ずっと探していたわたしらしさの欠片を、わたしはまた見つけることができました。

 タイトルにも書いた ” ブロック ” とは、自分の、本来無限に広がっているはずの可能性を狭め、拡大を邪魔しているものを指す、スピリチュアル用語……なのかな? です。

 その中身は、過去のトラウマであったり、どこかで耳にしてしまった既成概念であったり、ネガティブな思い込みであったりします。

わたしは自分の女性性を拒絶し、見失っていたせいで
(それはジャミングしてくる外界が悪いんですけどね怒 社会の中の「女性」の概念には、今も変わらずFxxK YOUです)
大きなブロックを抱えていたんだなー、と、今回の件でよく分かりました。

 これからもわたしはヘッダーの感じで視覚的な表現をやっていくのかもしれないし、飽きて全く別様になるかもしれませんが、

 ” 人にどう見られるか ” という、最初にして最大の関門をそのたびに飛び越え、

 もっともっと自分の可能性を広げていけたらな! って思っています。

” そこを飛び越えて死ね。 “

” 死なせないから。 “

 ってやつです。↓

 最近自分の中でまたこの曲の意味の一つがわかって、

 そこを飛び越えて死ね、死なせないから、とか、

 あなたに会いたい、言いたい、って言っているのは、本当の自分が自分に訴えているんだろうなって思いました。

 もちろん、あなたがこの曲を聴いて感じたこと一つ一つが全て正解です。

 わたしにとっての最近の正解はこれでした。

 あなたは、どう思いますか?

髪が長かった頃の話

 大学に入る前、わたしは今よりずっと髪が長かった。

 写真を取ったり撮られたりするのが苦手で、自撮りなんていうものも当時の私には文化としてなかったので、その頃の写真は、少なくとも、わたしのスマホにはほとんど入っていない。
 だから、あの頃の私がどんな姿形をしていたのか、今となってはもう、あの頃のことを知っていて今も仲良くしている数少ない友人から話を聞くくらいしか、窺い知る方法はない。

 髪を伸ばしていた頃のわたしは、とても陰気だったと思う。
 見た目としてまず陰気だったけれど、いやでも、……どうだろう、結局見た目だって中身が少なからず反映されるものだから、中身も陰気で、重たかっただろう。そりゃそうだ。ずっと疲れていたから。

 髪には神が宿る、っていうのは誰が言った言葉だか全然分からないけれど、たぶん、あの頃のわたしは神が欲しかった。

 いつも何かに怯えていたから、見る者すべてを竦ませるような、重たい、ドス黒い神気、もしくは暗雲を纏いたかったんだと思う。「涼宮ハルヒ」シリーズの周防九曜とか、本当は憧れていた。

 あと、おそらくは、刺激の多すぎるこの世界が、少しでも自分に直接触れることがないように、自分を守りたかったのだとも思う。

 自分には力がある、と、本気で信じることができれば良かった。

 暴力でも、経済力でもない、ただ生きて、それを知らしめることで強い光のように人を貫く力。

 わたしはわたしのやり方で生きていいのだと、誰も教えてくれなかった。

 わたしの奥底に溜まって、すぐにでも火を噴いてしまう遣り場のない怒りは、多分そういったことについてのものだと思う。

 ふざけるな、散々騙しやがって、わたしはずっとずっと前から真実に気がついていたのに、気づかないふりをしてやったのに、この仕打ちは何なんだよって。
 こんなことなら、とっとと一抜ければ良かったのに、それもずっとできなかった。

 髪を伸ばして、そこにずーっと怒りと恨みを溜めた。時々恨みを歌にして歌った。それをもっと多くの人に届けたかったのに、そうすることも怖かった。

 あの出来ることの少なさを、わたしは忘れられない。

 だからわたしがいつか、誰かを導けるような存在になったら。

 大丈夫だよって、言葉じゃなくて背中で示せるような存在になれたら。

 その時やっと、髪の長かった頃のわたしは、恨みを真の力にできるんだと思う。

 分かれよ、でもどうせ分かってくれないんだろ、じゃなく、
 分かれよ、ふざけるな、おれはここにいる! っていう証明、
 それも誰かに認めてもらうためじゃなく、自分が感じるための証明に。

 そうしたらやっと、あの時のことは、あの時のわたしみたいな子たちを、つまり次世代を救うために、もう繰り返さないために、わたしがそれを止める人になるために起きたことだって、思えるのかもしれない。

 きっとそうだと思う、わたしがそういう役回りなのは、それこそだいぶ前に察したもの。

 

追い出される話。

 物語には、昔から、どれくらい昔からかと言うと神話や民話や伝承レベルの昔から、ある程度決まったパターンがあります(厳密に言えば、神話や民話や伝承を研究した人がいて、その人たちがそれらから幾つかのパターンを抽出してきたわけですが)。

 そのパターンの中でも、今回言いたいことに特に関係しているのが、

 " 主人公は死者の召喚を受けて冒険に旅立つよう動機付けられるが、
一度はそれを拒絶する "

 というくだりが、これらの物語にはほぼ必ずと言っていいほど存在する、という点です。

 ここでの主人公の葛藤が、物語をよりドラマティックにし、また、主人公を共感可能なキャラクターにするのです。

ここからははっきりしたソースのない話になりますが、わたしはここに、” 人間とは、いつまでもぬるま湯の、見慣れた景色の中に居たい生き物なのだ ” ということが表れていると思っています。冒険を避け、最初の村に居続けようとする精神です。マサラタウンにさよならバイバイしないやつです。

 わたしもそろそろ ” 使者 ” から迎えが来るので(とってもリアルでプライベートな事情なので、まだ詳細は一切明かせませんが)、やっと、というか好い加減、なのかもしれない、冒険をスタートさせなければならないようです。

 今まで、わたしはずっと召喚を拒否し続けてきました。拒否していたから気付いていなかった、あるいは使者が途中で道に迷ってしまったかで、呼び出されていることにも気付いてきませんでした。

 今回こそ決定的な時になるのかもしれません。何が起こるのか、もしくは何も起きないのか分からず、ワサワサしています。

 

お腹すいたけど、食欲がない

注 フラッシュバック注意です

注 宵部には希死念慮全くありません。
  生き残ることしか考えていません。今も昔も。

 今日は具合が悪いので、ブログ書くのが捗ります。

 お腹は空いているのに、ご飯を買いに行くのも身体がしんどいし、買っても食べられる気がしない……そんな体力がない……という時間を過ごしました。

 わたしは普段、食べることを人生の楽しみの一つにしているタイプなので(だから、ピンクのサインペンが最近、日記に食べ物のことばかり書くのです)食欲がないということはかなり珍しいことです。

 そして、苦い思い出に直結しています。

 うまく言語化できるかわかりませんが、してみます。
 この先、フラッシュバック注意です。

 わたしは小学校高学年の時、塾通いをしながら不登校していました。
 不登校の理由は、
 ・同学年の子たちと全然気が合わなかったり、
 ・人間関係がめっちゃ色々あって大変だったり、
 ・抑圧的な先生たちのやり方が怖いし人道的にあり得ないと思っていたり、
 ・でもそういうことをはじめ、いろんな「そういうもん」や前提条件に誰も疑いを向けない環境が耐えられなかったり、
 と複合的なもので、
 もちろんその時にはとっくにトラウマもわたしの身体に搭載されていたので、余計、人の思念や気配や視線でいっぱいのあの空間が地獄のように思えていました。

 わたしの不登校に対する家族の反応は、
 母:困惑しながらも、行きたくないならいかなくていいと言ってくれる。
 父:行かなきゃいけないもの。
 という感じでした。
(後になって、というか最近なのですが、母が「でも、パパは本当は『学校なんて行かんでも大丈夫よ(鹿児島弁)』って思ってたみたいよ」とか抜かしやがって ハァ( ゜д゜#)? って感じでしたけど)
 この期に及んで何を言ってやがる〜

 わたしはそういう状況の中で、
 でも学校に行くくらいなら、トラウマティックでストレスフルなのには変わりないけれど、まだ慣れている我が家を我慢した方がまし、と思い、不登校していました。

 塾には行っていたのは、そんな中でも気の合う友人に出会えたからと、勉強がおもしろかったからです。

 そんなこんなでギリギリの状態のまま、2年ちょっと、卒業まで行くことになる塾に通いだしてからは1年半ほどがすぎました。
 今思えば、そんな状況でどうやって生き抜いたのか謎すぎます。小説執筆やボカロ曲のディグ、そしてそれを塾の友達と話す、ということにより、色々紛らわせていたのでしょうが、それにしたってストレスフルすぎると思います……

 そして受験が迫ってきたある日、わたしはいつものように家で勉強していました。その日は確か、体調不良か何かで、父も家にいました。

 わたしはその日、どうも風邪を引きはじめていました。
 なので、身体がきつく、教科書を開きつつも捗らなかったので、ダラダラしていました。
 でも、体調が悪いということは、あまり勉強しなければならない時に言っても(特に父には)受け入れてもらえないことが多いと経験則で学んでいたのもあり、あとその頃から「ちょっと調子悪い、でもうまく説明できない」みたいな体調不良はある子どもだったので、これも風邪などはっきり大人にわかってもらえるやつではなく、ないもののように扱うべき不調だ、と思い込み、不調だから休む、という選択を取りませんでした。
 体調が悪いからと、寝てしまえば良かったのでしょうか。

 その後お昼になって、父が部屋から出てきました。

 書くのが怖くなってきた。

 父は冷凍の鯛焼きをチンして食べながら、「ずっと勉強してたの?」と私に聞きました。
 私はド正直に、
「ずっとじゃないよ」
 と答えました。

 その後どうなったかは、あまりちゃんと覚えていません。

 たしか、父はたい焼きのお皿を流しに置いて自室に戻りました。

 物凄い音を立てて、父の部屋の扉が閉められました。

 私は頭が真っ白になりました。

 自分の身体から血の気がひいて、冷や汗が噴き出しました。

 そのあとは覚えていなくて、ただ、また後で顔を合わせた時に(鯛焼きはこのタイミングだったかもしれません)、父に「少しは勉強できたの?」と荒い語調で尋ねられ、私は、覚えていません。たぶん、答えられなかったんだと思います。

 その後夕方になって、その日はもともと母の仕事終わりに駅で落ち合って、願書用の写真を撮る約束をしていたので、恐怖で動かしにくくなった身体を頑張って動かして(本当に? 全然記憶がないし、できたのだとしたら、なんでそんなことができたのだろう)、ボロボロに泣きながら母と落ち合って、写真も多分撮りました。……多分、その日に撮ったんじゃなかったかな。

「お父さんのこと、怒らせちゃった」

 わたしがしゃくり上げながらそう言うと、母は狼狽していたように記憶しています。

 その後は私も本格的に熱を出して寝て……って感じだったと思うので、いよいよ断片的な記憶しかありません。
 取り合えずっ乳が「腸が煮え繰り返るわ」と言っていたのが聴こえたのと(思い出すと「それはそっくりそのまま同じセリフをお返ししますわ。腹を切れ」としか……)、
 母づてに「『受験させない!!』って言ってる」と伝えられ、「これから勉強頑張って、受験受けさせてもらえるようにしなきゃね」みたいなことを言われたのと、
 トイレにその時置いてあった本(生家にはトイレに本を置く習慣があります)に、「世界を閉じたくなるほどつらい日」というフレーズが書いてあったのを思い出して、「ああ、今のことだな」って若干12歳にして思ったのを覚えています。

 ……こう書いてきて思うのですが、どうして母はあんなののことをいまだに庇うのでしょうね。

 そんなこんなで夜が明け、次の日私はパニック状態の心身を叱咤して勉強を始めるのでした。が、そんな頭で何が学べるわけも、当然ありませんでした。

 身体や脳みそが空腹を訴えても、母がいつも冷蔵庫に用意しておいてくれるお昼ご飯を、ほとんど食べることができませんでした。

 その件の「ほとぼりが冷める」まで、どれくらいかかったのか覚えていませんが、わたしは受験をし、合格し、中高一貫校に進学しました。

 その後も一つだけ食欲をめぐる苦いエピソードがあり、
 高校時代、私は疲れ切って心身を病みまくっていたのですが、
「食欲はあるのに(ご飯は食べるのに)本当に体調悪いの?」と母に言われ、何も答えられませんでした。

 これは当時のわたしには言語化できていなかった(しても分かってもらえないと思っていたのでしょう)のですが、頭が重くて気分が悪くても、何か食べたあとは少し動けるようになるので(おそらく血糖値か血圧が上がるから、もしくは脳貧血がマシになるから)自分への処方の意味もあって食べていたのですが、そんなことは説明できませんでした。
 あとは、食べることが人生に残された数少ない楽しみだったのもあるでしょう。それと、食べないことに対する恐怖も多分ありました。

 これはごく最近気付いたのですが、わたしは人一倍燃費が悪く、空腹に弱いです。しかしその理由は、トラウマティックな出来事が起こるのを常に警戒し、回避行動をとる、という自動システムのために、人一倍エネルギーを疲って(まちがえた)使っているから、というのと、空腹状態だとその警戒が疎かになり、トラウマ的経験を引き起こしてしまうのではないか--これが「食べないことへの恐怖」ってことです--と思っているから、というのがすごく大きいようです。
 あとは、それだけ人一倍疲れるので、せめて食べなきゃやってらんない! の精神で、少し過食気味だったかもしれません。少なくとも、早食い気味だったのは間違いありません。

 実際、最近人との接触を減らし、自分の心の素直な声(あの子ピンクのサインペン)をよく聴いて、その要請に従って行動するようにしたら、食べる量が少し減りました。食べる速度が遅くなったからです。
 食事だって体力を使うし、手間がかかるんですね。
 だからこそ、味わって食べるととっても美味しいんですけど。

(今日も、さくで買ってきて自分の理想の厚みに切ったサーモンを食べました。
 ここは夢か天国かって思うくらい美味でした。)

 ……さて、今回のこと、とくに12歳の頃にあったことも、書くのはとても抵抗がありました。
 それは、もちろん怖かったから、思い出すのも本当に怖かった、というのもありますが、それ以上に、

「恥」だったからです。

 わたしが悪いんだ と思っていたからです。

 だから、隠しておかなきゃいけない、
 なかったことにしなきゃ、
 そう思っていました。

 そんなことはありませんでした。

 あの時のことを思い出すと、今でも、「全てを捨ててしまいたい」と思います。

 今まで、頑張っていい子になって、大人になって、誰も守ってくれないからと、そうやって自分を守ってきたけれど、どうやらこれまでのようです。

 これからは強がることをやめ、五体投地の精神で生きていこうと思います。

 でも、五体投地でいられるということは、「これだけは絶対にやっちゃいけない!」みたいなことも、もう自分に何も課さない、ということです。
 それはつまり、とても自由、ということです。

 五体投地した結果、家族に迷惑をかけようが、もちろん意外と物事がうまく行こうが、また家の中が大変なことになってパニックになろうが、一切もう自分でなんとかしなきゃと思わないとここに決めます。

 わたしは良い子ちゃんなので、自分が頑張って家の中の問題を解決しようとしてきました。

 でも、それももう、おしまいです。

 これからは、わたしはわたしの機嫌しか取らずに生きていきたいです。

 染み付いた癖なので、抜いていくのはそう簡単じゃないと思うけど、これからの人生の目標は、とりあえずそれにします。

 最後まで読んでくださってありがとうございました。大丈夫ですか? 気持ちが重くなったりしていませんか? もしなっていたら、少し休んで、ほっとするようなことをしてくださいね。

 それではまた、別の記事でお会いしましょう。

文房具の話

 わたしはポール・オースターが好きです。

 彼の作品の一つ『オラクル・ナイト』で、長い闘病生活を終えた主人公がまた仕事を始めるために、新しく小説執筆用のノートとペンを買う、というシーンがあります。

 わたしも小説を書く人間の端くれですが、ノートにペンで書くことは無くなって久しかったので、あのシーンの心を奪われるような文具との出会い、ノートとペンが書く内容を連れてきてくれるような魔術的な瞬間、を、久々に追体験し、わたしも文房具を買いに行きたくてたまらなくなったのを覚えています。

 わたしは文房具が好きなのに、字は汚いし、学校などでノートを撮る時も殴り書きで、とても整理されているとは言えない紙面をこしらえてしまいます。

 でも最近思い始めました。ブログをまたするする書き出したからでしょうか、
 横罫のノートに、自分の思うような行間で文を書く、
 そのフレーズ感や間の感覚は、わたしに備わっているかもしれないと。
 ちょうどこういった記事を書くように、です。

 だからまた、もういつだったかも忘れてしまった昔みたいに、ノートに文芸をやる動きを取り戻したいなあと、ぼんやりうっとり思っています。
 モレスキン、ロイヒトトゥルム、或いはアピカのシルキーなんかに、ペンで執筆してみたいなぁ……って、想像するだけで心地が良いのです。

 ペンというか、万年筆ですね。高校の卒業記念品だった万年筆を、かれこれ4年くらい使い続けています。これ以外に万年筆をもう一本しか使ったことがないので、あまり比較対象がありませんが、使い勝手がよく、わたしの小さい手にすんなり収まってくれるのです。カートリッジを替えて、新しいインクをつがえる(矢をつがえる、みたいな。似たものを感じています)仕草も、自分でやっていて「なんか玄人っぽくていいな……」とうっとりします。

(え? 真の玄人はカートリッジ式万年筆じゃない? いーんだよ細けぇことは)

 全然筆まめではないですが、文房具を見たり触ったりしていると心が躍ります。
 画材もです。

 あと、アナログな筆記用具は、目が疲れている時でもこうして(例によってこれも、24日昼に紙に書いたものを書き起こしています)書いて排泄ができるので良いですね。

 自分を表現するのは排泄、あるいは放電です。わたしにとって。溜めると澱んだり煮詰まりすぎたりして、身体を壊します。それこそ頭痛とか、自律神経の失調とか、ホルモンの乱れとか。

 日記帳だけじゃ足りない、ブログ用ノートを作っちゃいそうです。

 上にも書きましたが、このブログも、原本はルーズリーフに、薄いB5ノートとA4クリアファイルを下敷きがわりにして、ベッドの上で座りながら書いています。

 ルーズリーフってノートと違って押さえなくてもページがめくれてくることとかがなくて、見映えはよくないですが便利で書きやすいですね……
 うーん、見映えを取るか、取り回しを取るか。悩みます。ブログ用ノートの運命やいかに。

 こんなに文房具が好きなので、今までなんだか蔑ろにしてきた分、もっと自分に触れさせてあげようと思います。

「ノートとか使うの続かないのに、見てどうするの、買ってどうするの」とか、「そんな高級ノートじゃなくても、大学ノートで十分じゃん」とか、またここでも下らない我慢を自分にしいていたことが明らかになったので……

 些細なことから叶えていかないと。
 些細なことなら叶えやすいし、そもそも、こういった我慢も抑圧も、一つ一つは些細なことの積み重ねでしかないですし、ね。
 積み重なると、大きな空虚になる。でも一つ一つは小さいから、軽視されがちだし自分でも軽視しがち。
 だから、些細なことこそが重要なんだって気づきました。

 そんな感じでした。

 ……あ! 「そんな感じ」と言えばリリック書きたくなってきました。

 とりあえず、こうなったらたくさんのノートに埋もれてみよう、そんな心意気でいます。

 

お庭欲しい話。

 こんにちは。宵部憂です。

 お庭が欲しいな、って急に思い立ちました。

 このサイトの名前も宵部「庭」国ですけど、
 外の空気をめっちゃ吸いたい、
 でも人に会いたくない、
 そんな時にお庭があれば万事解決だなって思いました。

「私の部屋は森に似てるのよ」って、私の敬愛するアーティストさんも言っています。(新居昭乃さん『Orange Noel』)

 外の風とか、空気の匂いに触れるのは好きで、
 でも、誰かとエンカウントすることを考えたら、
 洋服と一緒に警戒心を着てしまう、だから多分外出が嫌いなのです。

 元気な日は、お気に入りの服を着てメイクもバッチリ決めて、最高にクールなわたしで街を闊歩したくなるんですけど、頭痛くてダメな日は、もっと気楽にフラッと外に出たいなって思っています。

 わたしはH&Mの服が好きなんですけど、何に惹かれるかといえば、あの開放感なんですね。
「私が服を着る、ただそれだけですけど何か?」みたいな。
 わたしが勝手にそう感じるだけなのかわからないけど、日本の洋服って「どう見られたいか」を一緒に着てる感じがどうしてもしてしまって、それがどうにも、” 重い “って感じることがあります。

 尤も、H&Mをはじめファストファッション系を着ることに、倫理的な抵抗感も凄くあるんですけど……
 海の向こうの縫製工場、繊維工場で働く人に、ちょっとでもできること無いかなあと探してみています。


 そう、最近あたまが痛くてまいっちんぐなのです。
 偏頭痛です。
 生理前とか、季節の変わり目とか、気圧とかいろいろあるでしょうが、あとは今まで散々抑圧していたストレスが急に「やっとわたしのこと見る気になったのね」と暴れだしたのかもしれない、とも思っています。

やっとこっちを見たわね! (#゜д゜#)
遅いのよ! フン! これでも喰らいなさい!(つ` д ' )つつつ頭痛

 みたいな。

 いやいや、全然「急に」ではなく、「満を辞して」ですね。

ご飯のことばかりピンクのサインペンは書くようになってきたし、やっぱり” 自分 “って生き物で、刻一刻、すごいペースで変わるんだなぁって実感しています。


 確かに、人を警戒して、自分に危機が迫っていないか確認して……って、めちゃくちゃにを疲うのです。
 間違えた、使うのです。
(この文章は、昼に手書きで書いたものを頭痛が落ち着いたタイミングでPCに打ち込み直しているので、こういった書き間違いが起こります)
 めっちゃ疲うのです。

 とは物理的な目もそうですし、概念的な目でもあります。
 頭で ” この先 ” を予測しようとする時、知らず目のあたりに力が入っていることが、自分の身体を観測してみると明らかになりました。
 もちろん頭も使っています。
 そりゃあ頭痛くなるわけです。

 でもずっとわたしは、このストレスを無視していた、ということです。

 無視が続きすぎて、自分で気づくことすらできなくなっていたのです。

 不感症です。


 そういうわけで、今日は全力で第6チャクラを休める日でした。

 そのためには、ぼーっと遠くを眺められるお庭が必須なのです。ゆくゆくは。

 切り株があって、所々小さな野花が咲いていて、ハンモックがあって、ハチにだけは気をつけて(命に関わります)、草の匂いを嗅ぎながら、ぼーっとするのです。


 おわり。

パンドラの箱を開けたら

 
 誰もわたしを助けてくれなかった。

 誰もわたしの傷を大ごとだと思ってくれなかった。


 パンドラの箱を開けてそろそろ一週間が経つ。

 ずっと向き合うことを避けてきた、自分の根幹の部分、もはや自分の人生を構成する全てになっていた部分を、
 やっと大ごととして捉えて、言語化して、自分はそれを抱えているのだと自覚できるようになりました。

 そんな景色、見るのはほんとうに初めてで、これから自分がどうなってしまうのか、どんな感情がこれから湧き起こってくるのか、予想もつきません。

 少し怖いです。


 今日も思い出したみたいに、「怖かった、辛かった、痛かった」という気持ちが湧いてきて撃沈しています。
 こうしたことを今後も繰り返していくのでしょう。

 20年の積み重ねです。
 ちょっとやそっとで、この繰り返しが終わるわけがありません。

 言い聞かせたり、宥めすかしたりして、今まではやってきてしまったけれど。

 怖い、怖い、と言う自分の本音を黙らせて、いないことにして、やってきてしまったけれど、
 これからは、もう何も「終わったこと」にしないで、
 何度でも繰り返し「怖い」って自分に言わせてあげられるようにしていきたいな
、って思っています。


 3、4日前から日記をつけ始めました。

 寝る前に、ピンク色のサインペンで、自分の本心の部分が言っていることをそのまま書くのです。

 検閲せずにそのまま。

 彼女はわたしの子どもの部分で、大人であるわたしのことを ” まま ” と呼んでいます。

 大人のわたしは、
 彼女の言うことを規制しないように、
 彼女の頼みを、現実的には全て叶えられるわけではないけれど、叶えられないとしても「叶える約束」はしてあげられるように、
 彼女が日記を書くのを見守ります。

「検閲せずにそのまま」なので、ひらがなが多かったり、文章としてはつながりや文法が不自然だったりもします。

 でも、それが彼女のしたい言語表現なので、そこにも口を出さないようにしています。


 そんなふうに、誰にも検閲されることなく、「自分の思ったまま」を書くなんて、わたしはそんな経験したことがなかったんですけど、これってみんなそうなんですかね?
 自分の思ったことを書きなさい、って、ものすごく難しいんだな、って思いました。

 学校で日記を連絡帳に書いて……みたいなことは、担任の先生によっては課されることもありましたが、
 あれも書く習慣をつけるという点ではともかく、「思ったことを自由に」書ける状況ではないですよね……

 かといって、誰かが書くことを教えないと、自分の思っていることを言葉で表現する方法って、そりゃ子ども一人の力では身につけるのも限界があるし……

 もしわたしが子どもを育てることがあったら、思ったことを、誰にも忖度せずに言葉にする練習を、させてあげられないかなあ……って思います。
 親として、だけでなく、先生として、とかでも良くて、立場によらず、子どもを診る立場になったら。


 とにかくでも、誰にも検閲や評価をされずに、自分の思ったことを言葉という形で残す、そしてそれは後から見返せる、という体験は、とても心地よいものです。

 今まで日記が続かなかったのって、本当に書きたいことを書けてなかったからかな、と思うぐらいには。
 というか、多分それがあたりなのですが。


 日記帳を買ってしまいました。

 これであの子に、もっと良いノートに、思ったことを書いてもらえます。
 彼女もとても喜んでいるみたいです。


 これまでそのノートに書かれることは、あるいは、わたしの本音である彼女が言ってくることは、「本当はこうしたかった」とか、「本当はこれが悲しかった」とか、そういったことばかりでした。

 でも今日、冒頭に書いたみたいに、怒りや憎しみや恨みといったドス黒い気持ちを彼女が表現し始めたのです。

 自分でも気づけないぐらい一瞬の反応でしたが、大人のわたしはそれに驚き、天使のようなあの子がそんなことを言うはずがない、って思ってしまいました。


 誰も私を助けてくれなかった。

 誰も私の傷を大ごとだと思ってくれなかった。

 誰も助けてくれないなら死ねばいいのに。

 みんな死ねばいい。


 そんな声を、わたしは掻き消そうとしました。

 すぐ、これもピンクのサインペンなんだ、ということに気がついて、二重線を重ねようとした手を止めました。

 ピンクのサインペンだって、いつだって愛に溢れた言葉を呟くはずもないのに。

 ピンクのサインペンが、やっとわたしのことを信じて、これを日記に書いても良いって思えるようになってくれたのに、わたしはそれを裏切るのか。

 そんなことは絶対にしたくない。


 覚悟していたつもりでしたが、全然分かっていませんでした。

 パンドラの箱を開けたら、綺麗ではいられなくなってしまうこと。


 そういえば芸術家の岡本太郎は、「きれい」と「美しい」を区別し、「きれい」は八方美人だったり、表面が良い感じだったりといったニセモノ「美しい」は、醜いけれども、生命の迸りそのもの、みたいなことを確か言っていたと思うんですが、わたしが今言いたかったのも、ここで言うところの「きれい」です。


 誰かに対して、とても醜く映るわたしに、わたしはきっとなってしまうことでしょう。

 でも、思い切ってこの箱を開けたのは、
 もう誤魔化しきる気力も体力も無くなってしまったからというのと、
 自分の根っこの部分に根を下ろして、そこから出てくるものをきっと見てみたかったからです

 それが、美しいもの人を本能的に引きつけるもの生命の迸り、であったなら、
 わたしはきっとそれで良いと思います。

 きれいであり続けようとしても、わたしの紙っぺらな体力と耐久力では、ちっとも保ちませんでした。


 醜い自分を晒すこと、それはすごく怖いです。

 でも、もう、もういい加減、偽っては限界がきて、のループを断ちたいから、
 わたしは醜くなる覚悟を決めるのです。