祈りを軽やかに歌います。

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フェミニズムとか平和への祈りとか、そういうメッセージを曲に込める人ってたくさんいるけど、じゃああえて疾走感のあるドラムンベースのリズムに乗っけたらオシャレなんじゃないかなって思いついたのは本当に天才的だった。

わたしにとってのフェミニズムは、女の子であるという、生まれてきたこと自体を愛せるようになることだから、優しい曲調にした。

もちろんその為には何かと戦わなければならないことはたくさんあるだろうし、今後何かと戦うための曲だって書くとは思うけど、でもまずは基本理念からね。

うまく言えないんだけど、正直女の子であることや女の身体を持っていることって、既存社会の概念の外(もしくは内であっても極端に抑圧された形)にやっぱり置かれていて、じゃあ既存社会の概念の中に参入すればいいのかっていうと、そこだけが有用で必要なアプローチなわけではないんじゃないかって思う。

女性でも活躍、って言われたってわたし、排卵の時と生理前と生理中は頑張れないし、ってことは頑張ってオンオフ切り替えて生きてくことが必要な世の中だとやっぱり自分への暴力を溜め込むことになってしまう。

だから女が女の身体を活かして生きていける方法を説いているのが子宮系ってやつで、あれはとても感覚的なものだから人から人に伝えるのがすごく難しいものだとは思うんだけど、大事なことを言ってると思うんだ。

しかもさ、頑張ってオンオフ切り替えてやってく世の中に疲れてる人って、女でない人だってそういう部分はあると思うんだよね。だから、既存社会の概念の外で自由に生きていける方法を開拓すれば、それが女でない人にも広がって、世の中がもっと良くなるんじゃないかって。

だから世界平和なの。

わたしは男も女も変わらないものっていうは間違いなくあると思う、それが大体かもしれないとも。特に能力とか脳力の部分ね。

だけど身体が違うし、ってことは一生のうちに経験する身体感覚や経験も、どうしようもなく違う部分もあるわけで、
その違いが関係のない場所に、公的空間がなっていけばいいっていう話なんだろうし、それも間違いはない。
ただ言いたいのはね、女が男と同じように、男が女と同じように、いつもそうあれるわけじゃないってことなんだ。

違うってことを分かり合わないといけないよなぁ……

その違いを理由に免罪されてはいけない沢山の物事(性加害・性犯罪、キャリア・賃金格差、雇用や試験での性差別、家事・育児・介護などの負担、家庭内暴力、ルッキズム、その他性別を理由に機会を奪われたり負担や抑圧を押し付けられたりすること)と、今のフェミニズムは戦っているんだけどね。
(言うまでもなくフェミニズムとは性差別反対主義者なので、女性だけの味方だとか女性以外の敵ってわけではない)

わたしはフェミニズムの中に存在してしまっているかもしれないマチズモを癒したいんだ。

女(およびあらゆる抑圧を受けている性)のために戦っているのに、自身が女(あるいはその性)であることやその性「らしく」あってしまうことを憎む気持ちが生まれてしまうのならば、わたしはそこに待ったをかけたい。

真に抑圧されないとは、真に自由であるとは、らしくあってもらしくなくてもよく、なおかつ(以降が一番大事)どうあるかを選ぶ権利は本人のみが持っていて、何を選んでも不都合がないことだもんね。

ようはわたしは、人の尊厳と人権のために戦う人々が、自分を慈しめて、休めて、安らげるような、宿れる場になりたいのかな。

世の中変えるってチームプレイだから、そういう人がいてもいいと思う。というか、必要だと思う。だからこれがわたしの役割。

思想的な話をべらべら語りまくってしまったけど、だから、

快楽も、安堵も、心地良さも、優しさも、弱さも、愛も、全てを肯定して、傷ついた心を包み込める、でも強靭なフェミニズム、っていうのがわたしの目指すところだし、「銀葉」に込めた祈りと祝福なのでございます。

というわけで、「銀葉」はこちらのアルバムに収録しております。↓

アルバム『神話的存在』
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この記事を書きながらリピート再生していて気づいたんだけどさ、「息を吹き返していく」ってことは、死んでも死なないってことだね。

人間の尊厳は決して死なない。土に帰っても尚、永遠に生き続ける。

いつの時代も、吹くべき時には、優しい風は吹き続けてきたように。