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 最近チェキカメラを使うことがあって、いいなあ、としみじみ思った。

 チェキってすごくシンプルなカメラだから、凝った画はなかなか取れない。どちらかというと、「その時の記録」みたいな、ある種のライブ感みたいなのがある。
撮った人と撮られる人(もの)の関係、いつ撮ったのか、みたいなのを含めて完全な写真になれる感じ。
写真の、画面の外があって初めて完成する感じ。
それがすごく開かれている感じがして、いいなって。

 写真っていうのはビジュアル情報の中でもかなり強くて堅固なもので、一瞬で何かしらの情報なり、印象なりを伝えてしまう。それがやっぱり怖いところもある。
写真の中の完成された世界だけが全てに見えて、写真の外に何もない感じがしてしまったり。写真自体の中身を見すぎて、その写真を取り巻いていた関係や環境に目が向かなくなってしまったり。それでも強く「事実」みたいに焼き付いてしまったり。

 チェキの、その画像だけでは成り立てないかもしれない不完全さには、柔軟さや、様々な文脈を受け入れられる器の大きさ、可能性、自由さ、開放感、そんなものを感じた。

 そう、自由と開放感ね。
思い出の記録だから、うまく撮ろうとしなくても大丈夫、凝った構図を作ろうとか気取らなくても大丈夫、みたいな自由と開放感も、チェキカメラを手にして久しぶりに感じられた。

 あと、写真だけでは成り立たない〜とか言ってしまったけど、ふつうに画像としても、チェキの仕上がりって独特の味わいがあるよね。あれも好き。ノスタルジックさに拍車がかかるっていうか。だから一層思い出として大切にできる感じがする。

 これからまたチェキカメラと一緒に出かけてみようかな。
わたしの性格的にすっごくお気に入りの一枚を出かけた先一箇所につき二、三枚撮るぐらいになっちゃいそうだけど、新しい景色に出会えそう。

 

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2021/08/08新曲「宇宙的メルヘン紀行」
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