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「 街が壊れる音で、
  誰かが悲鳴を上げて、
  そんなアラームで飛び起きる。
  ”最高” の朝です。
 」

 この、最初の4節。
 うまく言えないけど、これを1節ずつ歌い上げていくことで、曲の世界が顕現していく気がしない?

 マラルメはこう書きました。「たとえば私が、花! と言う。すると、私のその声がいかなる輪郭をもそこへ追放する忘却状態とは別のところで、認知されるしかじかの花々とは別の何ものかとして、あらゆる花束の中には存在しない花が、それがつまり笑み綻び、又は誇り高く凛とした観念なのだが、音楽的に立ち昇るのである」。

ウィリアム・マルクス『文学ーー他処からきた声? ホメロスからヴァレリーへ』(平凡社 2017年 『声と文学 拡張する身体の誘惑』収録)より

 ↑この話をすごく思い出した。
「いかなる輪郭をもそこへ追放する忘却状態」っていうのは、トランス状態とかのことを言ってる?(ちょうどこの文章の前後はシャーマンとかの話だったりするから)のかもしれないし、あんまりよくわかんないんだけど。

 ただ、マラルメのいう「詩の言葉によって呼び起こされる、観念的な、美しいビジョン」っていう概念を思い起こされた。

 vistlip、中坊の頃から、いや小坊のころから大好きなバンドなんだけど、曲を聴いてると頭の中にファーって世界が広がる感じがしてさ。
 色々影響を受けてるんだ。

 もちろん、言葉によってビジョンを呼び起こすのは、どんなアーティストもやってるだろうけど。
 なんだろ、ヴィジュアル系の世界観の作り込みと、あとは音楽性が、わたしにはこう、曲を聴きながら頭の中に自分の世界が流れこんでくるようになるのにちょうどよかったんだと思う。
 疾走感とかエモさとか、激しさとか。

 鮮烈なイメージと、その頭の中の世界で起きている物語すら、曲を聴いている中で自分の身体を駆け巡るんだよね。

 だから大好きなの。

 メンバーの楽器隊全員が作曲するからさ(ボーカルの智は全曲の作詞)、曲調からこれはこの人の曲だな!って当てたりするのも好き。ほぼ当たるけどたまに外れて、「へ〜〜〜意外!!」ってなる。
 誰が作曲した曲だな、で曲の個性を覚えてることも多い。

 どの曲にも、全部その曲その曲の世界が封じ込められてる感じがする。
 これはわたしも自分の曲はそういう曲にしたいっていうこだわりを持ってて、そこが一番影響を受けてるポイントかな。

 まあそもそもわたしが、音楽をそういう「耳から脳に流し込む『世界』(とストーリー)」って捉えてるからもあるのかもしれな……
 いや、そもそもそういう音楽の聴き方自体、vistlipに出会ってからだと思う。
 vistlipに出会ったから、他のアーティストのどの曲もそう聴くようになった。
 やっぱりわたしを作ったバンドなんだ。

 わたしは遊戯王が好きなんだけど、vistlipの「OZONE」が、遊戯王5D’sのED曲としてタイアップされてたんだよね。
「えっ何この曲!?!? めっちゃ良いんだけど!!! 歌詞は独特だけど……意味も知りたいし!!!!」ってことで、作ってるバンドのことがすごく気になって。
 近所のTSUTAYAでさっそくミニアルバム「PATRIOT」を借りた。

 いや〜〜〜〜〜このアルバムがさ…………1曲1曲の個性がすごくて。でもミニアルバムとしてもちゃんとまとまってるみたいな。とにかくわたしの中で不朽の名盤なの。
 もちろんわたしの人生を変えた一枚でもあるし。

「曲の中に世界を閉じ込めた曲が好き」の始まりはこのアルバムに集約されてるかもしれない。
 それ以前にも、確かにこう、ある意味アニメソングライクというか、世界とストーリーと冒険が頭の中を走馬灯のように駆ける曲好きだったけど、ここでガチッと固まった。
 このアルバム聴いたのがいつのことだったかもう覚えてないんだけど。小学生だったのか中学生だったのかすら覚えてないんだけど。

 思い出だし、今でも好きで、もう聴いてると安心するぐらい、自分のホームみたいに感じている、そんなバンドです。

 チキンだから今も昔も陰ながら応援するだけだけど、ずっと好きです!