「夜と霧」を読んで①人生観が変わった話

 明けましておめでとうございます。去年の年末休みに「夜と霧」を読んで、感銘を受けたので、今日はその辺りのことについて書いてみようと思います。

(とはいえ、本についての客観的な考察というよりも、本を読んだことで自分が個人的に受けた影響について書くつもりなので、「個人の人生観が変わった話なんざどうでもいいんだよ」という方のご期待には添えないかもしれません……。ご了承ください。)

 さあ、何が変わったのかという話なんですが、それを語るには従来のわたしがどうだったかを語らないわけにはいきませんよね。

 メメント・モリってあるじゃないですか。「死を想え」ってやつ。

 わたしね、どのように生きるかっていうのを考える上で、やっぱり死への恐怖っていうのかな、あるいは自分なりの死の乗り越え方みたいなのを(意識的にも無意識的にも)念頭において生きてきてたんですよ。

 死ぬのが怖いんです。

 いや、厳密に言えば死ぬこと自体が怖いっていうより、死んだ後で、わたしの人生がなかったのと同じことになるのが、ものすごく怖い。
「わたし」という存在が、いたのかいなかったのかも同じになってしまうことが何より怖かったんです。

 消えたくない。その一心で生きていました。

 だから、歌とか言葉とか、作品を作るのも、「わたしがここに生きていた」というアーカイブを残すためでした。これは「夜と霧」を読んだ後も、ここだけは変わっていないんですけど。

 そして何より、以前のわたしは、「消えるのが怖いから、じゃあ、みんなに覚えてもらえる存在にならなきゃ!!!」って、すごく焦っていました。
 要するに、立派にならなきゃ、ひとかどの人物にならなきゃ、っていう焦りですね。大げさだし青臭いけど、本人にとっては結構本気の焦りです。

 ↑この焦りが本当にくせもので、どれぐらい続くかもわからない自分の人生を、タイムリミットのように感じてしまって、生きることが窮屈に感じたり、気が休まらなかったりしていました。
 常に何か「身になること」をしていなければ、不安で、わたしの人生それでいいんだろうか、って自分で自分を追い立てるのが止まらなかった。

 でも「夜と霧」を読んで、その、わたしが生きる上での「再前提条件」が書き換えられたのです。

「夜と霧」は、現代人が遭遇した中でも一、二を争うくらい最悪な状況から生まれた本でした。
 この本に描かれた「被収容者」たちは、”自分がそれまでどんな人間であったのか”の全てを剥奪され、劣悪な環境の中で、ただ消費される、番号で呼ばれる消耗品のように労働を強制され続けていました。
 また、「生き残る」「生き残らない」を分けるのは、殆どが運命の悪戯です。要するに運。能動的な判断が身を結ばない局面があまりに多く、美徳や賢明さやとっさの起点も、いとも簡単に本人を裏切る世界でした。
 そんな中では、当然、「自分という存在を残す」ことなど、それを実現する方法を考えることすら不可能だったでしょう。

 けれどフランクルは、こうした凄惨で不条理な収容所ないの環境を克明に描く同時に、とてもはっきりとした口調で、そうした状況における人間の精神の--ああ全然うまい言葉が当てはめられない、頑張って、なんとかしっくりくるような、そんな言葉を探すなら--崇高さについて著しているのです。

 上述したような収容所の環境では、大抵の人々は①感情が希薄になり、②自身の生命維持を最優先事項とし、③自分自身か自分と親しい人間の生命に関係すること以外には全く無関心になり、④自身の能動的な判断によって窮地に陥ることを恐れ、極めて受動的になる(自分に言い渡される運命に抗わなくなる)といった「順応」をしていった、とフランクルは記述しています。

 確かに精神とは諸刃の剣--いや、収容所のような状況では殆ど持ち主に牙を剥くことばかりです。屈辱や恐怖は苦痛そのものですし、絶望は極限状態において死に直結します(クリスマスが終わった後、強制収容所で多くの人が亡くなったという話はあまりに有名です)。

 けれど、一方で、そんな状況下においても、むしろ精神の力を支えとして生きていた人もいたのだと言います。

(

(その「精神の力」というのもいくつかのトピックに分かれるのですが、まずはやはり、最もわたしの人生観に影響を与えたお話からします。)

「なぜこのような辛苦、それも報われることもないだろう辛苦がわたしに与えられたのか」--もう少し噛み砕くと、「この苦しみに、自分はどんな意味を与えるのか?」

 哲学的、いやひょっとすると宗教的とすら言えるこの問いについて、自分なりの答えを出していた人々もいた。そんな人々は、収容所の環境を己の糧として、人間として高いレベルに到達した--収容所にありながら、「典型的被収容者」とならず、人間としての尊厳を持って生き抜いた--。

 この話を聞いた時、わたしは考えたのです。

「報われることもないだろう辛苦」。

 そうだ。彼らの苦しみは、わたしの言葉でいうところの「身になること」には、ならないかもしれないものなのです。「身にする」ことなんてできないまま、自分は力尽きてしまうかもしれないから。「身にする」ことを目指して足掻いたって、たぶん、自分が生き残れるか生き残れないかを決められるのは、気まぐれな神様だけなのです。
 それでも、この精神が続く間、どうにか生きていくことができる間、自分はこの目の前の生をどうやって生きていこう?--

「この苦しみに自分はどんな意味を与えるのか」という問いは、それを考えるための問いなのかもしれない、と。

 それで、わたしの生きていく上での再前提条件が変わりました。
 意識する対象が、「わたしという存在が死ぬとき」ではなく、「わたしという存在が死んだ後」になったのです。
 それによって、「消えないように残さなければ」ではなく、「残らなかったとしても」と、考えるようになりました。
 そうしてわたしは、「いつか死ぬからこそ、せっかくの今を」と、自分なりの答えを出しました。
「今を重ねて、死ぬときまでに!」と焦るのをやめて。
 この「答え」は、わたしが今まで考え、触れてきた色々な価値観や自分にとっての真実が結合して生み出されたものなのですが……なんかそれをここで詳細に語っても「夜と霧」とは関係ない話ばかりなので割愛します。

 さて、話を戻しますが、別に出した答えはどんなものでも、当人にとって本当に納得がいくものならまったく良くて。
 ただ、自分なりの前提に基づいた問いを立て、それに自分なりの答えを出すことが、こんなにも、地に足がつく心地がするものなんだなって初めて知りました。
 おそらくこの感触こそが、最悪の状況下でも支えとできるものなのでしょう。

 こうして、「辛苦(=何にもならないかもしれない己の人生)の意味」について考えること、自分なりの答えを出すこと、それを指針として生きることは、近代以降一、二を争う最悪な環境でもその持ち主を支えたわけです。
 ならきっと、わたしの「答え」も--これから先どんな状況下でも自分の支えになってくれるんじゃないか--そんな風にも思いました。

 焦りが湧いてきたとき、「わたしの人生これでいいのかなあ」ってぼんやりした不安に飲み込まれそうになったとき、これからわたしは必ず自分の出したこの「答え」を思い出すでしょう。
 一番広い視野で、人生の意味について考えて出した答えですから。いわばわたしの人生哲学の基礎の基礎ってわけです。だから、思い出すことで、「大丈夫、わたしの人生、これで大丈夫だよ」って、ほっとできる。 そうしてほっとすることが、わたしには必要なんです。

”自分なりの人生哲学”とかって、別に「わたしはどう生きれば良いんだろうか?」って気になって不安にならない人は別に考える必要ないと思います。わたしは不安になるから考えざるを得なかったってだけなんです。そして多分、自分で出した答えじゃない限り……つまり本に書いてあることや、人に言われたことを真似ているだけである限り、地に足のついた心地ってなかなかしないと思います、ソースはわたしです、恥ずかしながら! 経験則です!

 だから今回のことで、やっと一つ、自分なりの答えが出せたなって、そういう感激もあって……つい、こんなに長文を書いてしまいました。

 さて、もともとはこの後にフランクルが「夜と霧」に書いていたほかの精神の力について書こうと思ったんですが、再現なく話が広がっちゃう気がするので、②、③と分けて書こうと思います。
 夜と霧を読んで②は精神の力について、③は利己と利他について書こうかなと思っています。
(正直現在立て込んでいるので、いつになるかわかりませんが! すみません!)

 さて、最後になってしまいましたが、こんなに長い自分語りを最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!!!
 本当に愛です、ありがとうございました(本当にありがたいので二回言いました)!!!

 今年もどうぞよろしくお願いいたします。

感謝を込めて
宵部