断片。6月17日、2020年

 ぶつかり合って分かり合うバディっていいな、と、「ジェーン・スー 生活は踊る」を聴いていて思いました。

 ライトノベルを書いていて、わたしは描写が好きだし、場面をしっかり頭に思い描ければ描けるほど描写が長くなるし、ものによっては言葉を使ってその場でそのシーンを演技しているような感じになる(だから言動の描写がものすごく多くなる)んだけど、描写を削ぎ落として物語のテンポを上げつつ、細部は読み手に任せることも必要なんだなって分かった。
 描写は物語の進みをゆっくりにするから、「ここぞ!」という場面でしっかりやると効果的なのかも、とか。
 その「描写だけ」をやっているのが、例えば歌だったり詩だったりするのかなあとか。

「考えるな」「黙れ」という圧力に抵抗するポップカルチャーっていいなーと思う。
 あとはスポーツ系のカルチャーへのカウンターも。
 もちろんスポーツが良くないとは全く思わないけど、スポーツ中心で大勢が動いてる感じがムカつくもん。

 管理されてるような、見られてるような、踏み外せない、失敗は許されないような息苦しさを感じる。自分のことだけじゃなくて、自分の生きるこの社会の雰囲気。
 つらい。

 ピアノ、一度に多くのパートを弾くわけだけど、どう演奏していいか分からないなぁ。
 歌の人間だからなのか、魂を込められるのは一声だけなのでは? って発想になる。

 曲と曲の間に朗読とかを挟む形式のアルバムもいいなあと。