きょうの断片。6月21日、2020年

 またクレヨン で絵を描きました。
 クレヨンは発色がとても良くて、鮮やかな色が大好きなわたしはそれだけでときめいちゃうし、クレヨン画は、ものを線じゃなくて面で捉える描き方をするんじゃないかなって気がするから、線が苦手なわたしでも、なんとなく味のあるものが描ける感じがして気分が上がっています。
 百均で売っている最小サイズのスケッチブックに書いているんですけど、このままいくとすぐ使い切ってしまいそうです。
 それぐらいめちゃくちゃハマっています。脳汁出ます。

 それから、朗読についての研究、今まで調べたことをまとめました。
 小説や評論の朗読って、実はかなり無理があるし、「朗読らしさ」によってオーディオブックが聴きづらくなっているところあるんじゃないかなって……少なくともわたしはそれで敬遠してしまっているので。
 朗読らしくはないかもしれないけど、抑揚の少ない、聞きやすいけど朗読者が自分を出さない朗読っていうのも、「本を聞く」ためには必要だと思うし、っていうかホラーとかSFとかミステリとかハードボイルドとか、評論とか、そっちの方が似合う作品も絶対あるだろうし、ってか多いと思うし、
 それに、朗読らしくない、上手くない、クセのある読み方だって、それが普段その人が使ってる声に近いのなら、そっちの方が面白くないかなあとか。訓練されたプロの声も素敵だけど、素人の声や話し方に潜む”クセ”に、新しい可能性が眠ってそうじゃん、現代演劇もコンテンポラリー・ダンスもそうやって進化してきたじゃん、とか考えています。
 あと、そもそも読むための文章を書くところから始めても楽しそうじゃん、とかね。それが新しい文芸を作るのかもしれないって。朗読って、「本来は黙読するためのものを音声にする場違いな行為」なんかじゃないんだよ(竹内敏晴さんという演出家さんが、日本人の朗読に対するイメージはそういう感じって指摘していたらしい。ギクって感じだ)。
 そうやってまとめながら、ああそろそろ作品作んなきゃな、作りたいな、って思ってました。音響作品。
 着手したい。

 MVの分析をして、すげーってなりました。
 くわしくはまた明日分析するので、これについては明日の断片になると思います。

 課題でお寺の儀式の様子を見て、お経を読むときの息継ぎ、そのフレージングがすごくいいなって見つけたりしました。
 朗読の時に間が大事なのも、やっぱり声と声の間の静けさには、何か神秘性が篭っているからな気がします。

 それと、言い忘れてたけど一昨日、6/19金曜日にまたラジオをやりました。

 今回は、おすすめのものを紹介するコーナーなども入れ込んで、またわたしがしゃべる時間と音楽を聴いてもらう時間のメリハリをつける感じで進行したので、前回より楽しめるんじゃないかと! 手応えを感じています!
 聴いてね。

 きょうはやらなきゃいけないことをいろいろこなしたので、寝ます。

 あたらしいオーディオブック、新しい朗読、「耳で聴く文芸」を作って行けたらなって思い始めました。
 Twitterで音声が投稿できるようになったわけですし。
 早ければ朗読向けの文章とか書き始められたらいいな。
 一人称視点みたいな感じで、人間が語っても違和感のない文章で。
 流れるように、フレーズがきれいになるように。

 おやすみ!