きのうの断片。きのう、つまり6月18日、2020年

 公園という場所の可能性について考えるきっかけがあった。みんなの場所、災害用、環境保全……だから音楽フェス(その裏では管理費の調達やエコ運動や災害対策の啓蒙などが動いている)と相性がいいというか、音楽フェスモデルができたのかーって。
 フェスや祭りは、スポンサーがいっぱいいて、そのスポンサーたちもいろいろと出し物をするので、より盛り上がるんだなーって今更気づく。

 きのうはずっと朗読について考えていた。
 歪められた声、歪められた語りだと思う。
 そもそも文章を、小説語を読むってなんなんだ。詩でもいいけども。
 それらは話す言葉とは全然違う言葉で、つまり声を吹き込むものではないのではないか。
 話し言葉じゃないものに声を吹き込むってなんなんだ。
「朗読」の読み方が苦手だ。しかし、確かに美しい朗読というのもある。あるけども苦手だ。
「朗読の基礎」に反する、発声や読み方の癖こそ、読み手その人の声や存在感を規定しているんじゃないかと思う。そう思うと、「基礎訓練」でそれを馴らしてしまうのも、それはそれで惜しい気がするのだ。
 ちょうど、演劇やダンスの身体が、訓練された役者・ダンサーのものではない身体や動きに注目したみたいに。
 人間の声や話し方っていうのはそういうものじゃないだろ、って、朗読を聴いていると思ったりする。
 とはいえ、それが「朗読」という活動だと言われると、確かにそうかもしれないんだけど……そうじゃない朗読があってもよくない?と思う。
 歪められた声、歪められた語り、でもだからこそ興味が尽きないんだけどね。

 ホメロスの詩をいつかは読まなきゃいけないと思う。
 それと、シャルロット・デルボが非常に気になる。日本語で読めたりしないかなあ……

 音を使った手紙、というのを、エジソンはフォノグラフを発明したあたりで思いついたらしいけれど、今この言葉の響きを聞くと、逆に新しいというか神秘的に感じる。ロマンだ。

「音を作り出す」発明は、最初は発声器官の模倣によって作り出そうとされていた。でもエジソンは、それを耳の模倣(鼓膜によって空気の振動=音を感知し、それを再生できるようにする)で解決した。これが画期的だったんだって。

 生き生きした登場人物とどんでん返し、これはやっぱり面白さの鉄板だよね。とある論文にもそういう実験結果が出たって書いてあった。なるほどなー。

学校がしんどい君へ。8 〜お弁当グループ〜

 久々の更新になってしまいました。お待たせ。

 ここ数日、「え、もしかして社会ってマジでしんどい??? マジか……」って気が付いて、どよ〜んとした気持ちでいました。
 何かを決める重要な立場の偉い人たちが、みんな頭の硬い、古い、自分のことしか考えてない、想像力と共感力って知ってる?的な人たちなのかもしれないし、そうでなくても臆病で頑なで、だから何も変わらないのかもしれない、どんなに頑張ったって、声を上げたって、無駄なのかもしれない、なんてことを考えてしまって。
 でも、わたしたちよりずっとずっと年上の人はともかく、今還暦ごろの人たちとそれより年下の人たちとかは、どんどん価値観が変わってきてるんじゃないかなとも思うので、偉い人たちのことを見るのもとても大切だけど、周りを見渡したら仲間や仲間候補は結構いるんじゃないかなって希望も捨てずに行きたいね。

 話は大幅に変わって、「お弁当グループ」が苦手だった話をします。

 わたしは中高と女子校にいたからより気になったのか--いや、別に共学にいても女子のコミュニティってそんな感じなのかもしれないんだけど、お弁当グループっていうのがありました。
 いつも同じメンバーでお弁当を食べるわけです。
 つまり「特に仲良い人たち」「いつも一緒にいる人たち」ってことですね。

 でも正直に言うと、当時のわたしはそれが少し窮屈でした。
 あと、どこのグループに所属しているかで、そのクラス内の社会的立場が担保されるみたいなところもあって。
 カーストみたいな感じではなかったけど、「無所属」がいない感じがどうも座りが悪くて。
 国家を形成する最小単位が家族、みたいなように(わたしはこの考えには超反対ですが。だからお弁当グループという暗黙の制度に違和感があったのだと思います)、教室を構成する最小単位がお弁当グループでした。

 そもそも、自分がかなり変わった人間であるという自覚はあったので(自分が他の人とは違う、ということは、小学校時代の不登校により確固たる「事実」になったわけで)、「浮かないかどうか」「場の空気や平和を乱していないか」と常に気を使わねばいけない環境がしんどかったです。

 わたしはもともと一人をエンジョイする人間でした。暇なときはお話を作ったり歌を作ったりして、ずーっと一人で過ごせる一人遊びのプロだったのです。あと昔から創作フリークだった。
 だから、誰かと一緒にいるより一人でいる方が楽しいなんてことも、そりゃ当然ザラでした。
 その「誰か」が、わたしの話したいことを話せない相手なら尚更。
 わたしの話したいこと、というのが、哲学的だったり抜本的だったり時に過激だったりする問いだったから、当然と言えば当然なのですが。

 今思えば、落ち着いて一人でいればよかったのかもな、とも思います。
 もっと自分一人で自分に自信を持てる方法を(今のわたしが知っているように)早く知って、とにかく自分の世界だけを突き詰めればよかったんだろうなって。
 学校の中に自分と価値観の合う人がいないなら、本とか読んだりして、本の中に自分が共感できる考えの人を探したりとかして、どんどん深めていけばよかったかなーとか。まあ疲れててそれどころじゃなかったんですけど。

 どのグループにも入ってないけど、喋ってみると実はすげー面白いし、でもやっぱりよくわからんし、でもすげー面白い。そんな人になれたのかもなーって。

 とはいえ思春期・反抗期ですし、周りにどう見られているかが気になるのは当然です。
 それに、学校の価値観だと、やっぱりお弁当グループに属していないって言うのは社会性がないっていうふうに判断されていたかもしれません。
 ということで、当時の私も、お弁当グループになんとか身体を収めるのが生存戦略だったのでしょう。
 ものすごい閉塞感でしたが。

 一人でいるのが楽しいからといっても、話せる人が誰もいなくてもいいわけでは決してありません。孤立するのは嫌なのです。
 ただ、周りに話が合う、なんでも話せる人がいればよかったなって思ってました。
 そういう人と「お弁当グループ」になれたら、そりゃ学校行くの、学校生活楽しいだろうなって。
 わたしは残念ながら、そういう人に学校で出会えませんでした。
 ちゃんちゃん。

 今は出会えているので、とりあえずよかったです。

 ……なんだかしんどい話になってしまいましたが、「お弁当グループ」が苦手な仲間は、とりあえずここに一人います。そしてわたしがいるということは、仲間は絶対にもっといます。
 あなたは一人じゃありません。

 今日はここまで。次回は「閉塞感」について書こうと思います。
(気が変わるかもしれないけど)

 最後まで読んでくれてありがとう。
 また次回、お会いしましょう。

 わたしはあなたの味方です。
 ずっとね。

断片。6月17日、2020年

 ぶつかり合って分かり合うバディっていいな、と、「ジェーン・スー 生活は踊る」を聴いていて思いました。

 ライトノベルを書いていて、わたしは描写が好きだし、場面をしっかり頭に思い描ければ描けるほど描写が長くなるし、ものによっては言葉を使ってその場でそのシーンを演技しているような感じになる(だから言動の描写がものすごく多くなる)んだけど、描写を削ぎ落として物語のテンポを上げつつ、細部は読み手に任せることも必要なんだなって分かった。
 描写は物語の進みをゆっくりにするから、「ここぞ!」という場面でしっかりやると効果的なのかも、とか。
 その「描写だけ」をやっているのが、例えば歌だったり詩だったりするのかなあとか。

「考えるな」「黙れ」という圧力に抵抗するポップカルチャーっていいなーと思う。
 あとはスポーツ系のカルチャーへのカウンターも。
 もちろんスポーツが良くないとは全く思わないけど、スポーツ中心で大勢が動いてる感じがムカつくもん。

 管理されてるような、見られてるような、踏み外せない、失敗は許されないような息苦しさを感じる。自分のことだけじゃなくて、自分の生きるこの社会の雰囲気。
 つらい。

 ピアノ、一度に多くのパートを弾くわけだけど、どう演奏していいか分からないなぁ。
 歌の人間だからなのか、魂を込められるのは一声だけなのでは? って発想になる。

 曲と曲の間に朗読とかを挟む形式のアルバムもいいなあと。

 

【新曲】「真相」投稿しました。6月16日、2020年

 初めてYouTubeに投稿した「Rainy Shelter Dwellers」という曲の続編です。

 大っぴらにはできないかもしれない、それでも大切で愛おしい感情を抱える、この季節にぴったりの曲です。(雨テーマなので)

 とってもとっても自信作です。

 いっぱい聴いてもらえたらとってもとっても嬉しいです。

きょうの断片。6月16日、2020年

 わたしの歌はマスメディアじゃない。マスメディアみたいになりたくない。
 どっちかっていうと手紙とか、好きな人に送る恋文とか詩とか、はたまた祝詞とか呪文とか、メッセージボトルとか、そういうもの。そういうものでありたい。

 でも逆にボカロ曲とかで「わたしの歌はマスメディア」ってタイトルの曲面白い気がした。面白くない? ……そうでもない?

 これは昨日の話なんだけど、昨日は頭が痛すぎて更新できなかったんだけど、MVの分析をすることになった。やっほー!! すごく大変そうだけど楽しみ。

 これまで、音楽につける映像やビジュアルについて、音楽自体のイメージを左右してしまうから怖々触れるしかなかった。
 今でもその気持ちはある。音楽を聞いて初めに頭に思い浮かべる印象がMVで固定されちゃうのは、ちょっとどうなんだろうと。
 でも、このMVの分析を機にちょっと状況が動くといいな。
 もともと、わたし自身の制作スタイルが「頭に思い浮かんだビジョン(それは感覚や情動を伴った映像とか舞台設定みたいな形をしている)を歌として形に残す」というものなので、そのビジョンと少しでも逸れた映像をつけてしまうと大失敗になるので……難しいんだ。
 それに、聞き手から、歌から視覚的なイメージを膨らませる自由度を奪ってしまう気もするし……むむむむむ。

「普通の人間」なんてどこにもいなくて、でも普通でいなくちゃ生きるのが苦しいから、ちょっとぐらいならって押し込めて、「普通」でいることにしただけなんじゃないか、って、友達が言ってたような気がした(あくまで彼女の言葉を聞いたわたしの解釈なので、厳密には、いや厳密じゃなくても違うかもしれない。だからこれはわたしの意見でもある)。自分でそうしていることにすら気づかないんじゃないか、とも。
 それって……しんどいなあ。

 わたしはこの世界が大好きで愛おしくて、でも”社会”は恐ろしくて優しくないと感じているから、そう「知って」いるから、そう教えられてきたから、いつまでもメルヘンを手放せずにいる。
 手放したら死ぬ。
 きらきらした夢を見られない人生なんて、わたしのなかでは人生じゃないもの。

 人間を、他人が、(作品はもちろん)人生ごと作品化して見て消費する話。
 人間を消費するってなんだろう。単なる消費と搾取の垣根はどこにあるのかな。
 わたしは消費されたくないから、ビッグになるまで時間はかかりそうだけど、自分自身にひとつひとつ誠実にやっていくぞ。

今日の断片。6月14日、2020年

 友達が、懐かしい気持ちになるような、シンプルな響きの曲を作って送ってくれた。
 懐かしさは、過去に身体ごと戻れる鍵の一つだと思う。
 過去を振り返る暇なんて全然ない世の中だけど、その中で、過去に帰れるきっかけを与えてくれる貴重な刺激なんじゃないかな。

 それから、小説ともライトノベルとも言えるようなものを書いていた。
 物語の展開に合わせて描写のスピードを変えることが必要そうだなって感じる。
 描写が多ければ多いほど、物語内の時間はゆっくり進むことになる。
 それはクライマックスには適してそうだけど、物語の序盤はもっとぱっぱっと展開を見せたほうがいいのかなとか。

 学校っていう場所は、通学、日々の朝礼やHRや式典、制服、閉鎖空間などを通して、一つのイデオロギーを集団に仕込むのにとても適した環境だと思う。
 だから全てが悪いというつもりはないけれど、やっぱり怖い場所だ。なかなかこんなにも閉鎖的な環境って、学校以外にはそんなにないんじゃないかとすら思ってしまうのは、わたしがまだ学校生活しか送ったことがないからかもしれないけど、でもそう思う。
 学校をテーマにした物語を一つ二つ考えているから、いつかそれに着手できた時にはしっかりこの感覚も編み込んでいきたい。

 今日はひたすら眠かった。ひたすら休んだ。

きょうの断片。6月13日、2020年

「レコーディングの時、マイクに向かって歌う」という経験がすごく面白い気がした。それは一体誰に向かって歌っているんだろう? 現在でもあり未来でもある聴衆のため?
 吹き込んだ自分の声は、未来の誰かに出会うことになる。
「録音された声は過去のものである」、という言説はよく聞くけれど、それを吹き込む側に立って考えたことはなかったので面白そうだ。

 打ち込みの、オルゴールのような、誰が奏でるわけではない自分だけの音に耳を傾ける宝物みたいな感覚が好きだったのを思い出した。
 ボカロを聞き始めた小学4年生のあたりから。
 そんな音楽はいつも私に寄り添ってくれた。わたしのために存在し、わたしによって奏でられ始め、わたしのためだけに語りかけてくれた、ように感じていた。

 雨の水滴が乗り物の車窓を滑り落ちていく様を、涙が流れているようだと思って小さい頃から見ていたけれど、垂直方向に水滴が流れていくのを見る機会なんて他になかなかないな。

 わからないことは恥ずかしいことでも悪いことでもない。完全にわかる時なんてほとんど来ないんだから、分からないことにワクワクしようよ。
 わからないからって否定しなくていいし、「自分にはよくわからないから……」って遠ざからなくてもいい。

 多様性は弱さで、弱さを曝け出して協力し会えることが、理想的な深い関わり方、コミュニティのあり方だ、というような話を友達がしていた。
 とても素敵だと思う。
 わたしたちは何者か、どう生きていくか、社会についてどう思うか、みたいなことを、そんな信頼関係の中で話す場っていうのは、なかなかないし、あったとしても外側からは見えないことが多くて、難しいね、みたいなことを他の友達が言った。
 だからわたしは、そんなコミュニティを物語で描きたいと思った。

 新しい音楽や、面白そうなことに出会える「見本市」みたいな場所がもっとほしいねって話もした。
 例えば服を買う時がわかりやすいけれど、駅ビルの何階に行けば色んなお店が並んでいて、新しいものに出会える。その中からお気に入りのお店を探して、そのお店のオンラインショップで服を買ったりもする。「駅ビルの何階」にあたる場所が充実しないと、店側は新規の顧客に出会えないし、客側は新しい服に出会えない。だからそういう「見本市」って大事だよねって。
 友達が、ラジオは音楽にとって、そういう良き「見本市」になってたりするんだよって教えてくれて、とてもありがたかった。お勧めの番組も教えてもらった。ぜひチェックしてみよう。

 

学校がしんどい君へ。7 〜思い出し悲しい〜

 わたしの悲しみは、だいたい「思い出し悲しい」なのかもしれないな、と最近考えています。

 自分の本意じゃないことを無理やりやれって言われて、でも身体が動かなくて怒られたあの時。
 具合が悪いんだと訴えても信じてもらえず責められたあの時。
 周りと話も感覚も合わなくて、敵意をぶつけられたりもして、ものすごい孤独を感じたあの時。
 誰かに常に見られていて、ちょっとでも普通じゃない、はみ出したことをしないように緊張していたあの時。

 そんなたくさんの「あの時」を、例えば空気の匂いとか、そこから今も続いている生きづらさとかの引き金で思い出して、過去から続いてきた今のすべてが全部全部悲しくなる。そういう悲しみなんじゃないかって。

 わたしのような感覚過敏は--っていうか学校がしんどい人って大体何かしら過敏(わたしからしたらこの過敏さが普通で、他の人が「鈍感」なわけですが)なんだと思うんで、わたしたちのような、って言いますが--わたしたちのような感覚過敏は、感覚をずっと覚えているんです。

 覚えているなんて意識は多分ありません。誰が何を言ったとか、何があったとかなら言葉にできますが、あの時こんな空気の匂いだった、なんて言葉にしている人は周りで見たことないし。言葉にすることがなかったら、自分が覚えていることすら忘れてしまうのは当然のこと。

 でも、覚えているんです。
 悲しかったこと、苦しかったこと、肚の底に鈍い痛みと圧迫感が垂れ落ちていく感覚を、空気の匂いと紐づけて、わたしはずっと覚えていた。

 単に言葉や記憶としてじゃなくて、あの時の感覚がそのまま蘇るんです。
 だから、今のことのように、今感じている感情と少しも変わらない鮮やかさで、悲しみや苦しみや不安や緊張や危機感を思い出してしまうんです。

 たった「この今」は何の問題もなくても、今までの悲しみにずっと苦しむ。
 こんな悲しみをずっと抱えてきた、今も抱え続けていることに悲しむんです。
 過去のことにならないんです。思い出せてしまうから。

 未来のことも似たようなものです。またあの時のような苦しみを味わいたくない!って恐怖します。それは、「あの時の苦しみ」が、今でも、はっきり、くっきり、思い出せるからです。

 何でもトラウマになってしまう体質だ、って自覚がありました。(本来 ”トラウマ” は、「思い出すこともできない無意識に隠れた心の傷」を意味するのですが、最近は単に「心の傷」という意味で使われることも多いので、あえてその意味で ”トラウマ” と呼びます)
 過敏なので苦しみを感じやすく、一度感じた苦しみをいつまでも覚えているからです。

 ……と、なんだか鬱々としてきましたが、でも。「思い出し悲しい」なのだと分かれば、今悲しいわけではないって分かります。

 ひとつ、自分の中で起きていることの構造がわかって安心しました。

 それに、今悲しいわけではないってことが分かれば、「じゃあ今は何が起きてるの?」って考えて見渡すことができます。

 見渡すことで、一つ一つ「今はあの時とは違う」ことを見つけて、安心することができます。

 同じなのは空気の匂いと自分の感情・感覚であって、例えばあの時に比べてわたしはずっと大人になったし、できることも増えたし、住んでいるところも違うし、親との関係も友達関係もずっといい方に変わったし……みたいに。

 あの時と現在を区別することができれば、未来のことも似たように対処できます。

 あの時と現在が違うのだから、未来もまた違うはずだって思えます。あの時と未来が同じようになってしまうわけがない、なぜならあの時と現在が違うのだから、と。
 これからは、あんなことは起こさせない、って、わたしは自分自身に誓います。現在の方が良くなったのだから、未来は現在よりもさらに良くなるはず、と。

 そこで「ふつう」に考えてしまうと、でもわたし、「ふつう」に生きられないし……みたいになってしまうのですが、そこは前回の「身体の自然に任せよ(さすれば上手くいく)」を信じ続けたいところです。

「身体の自然に任せよ、さすれば上手くいく」は、感覚過敏のお守りです。

 そもそも「ふつうの人」たちは、自分の身体からシグナルを受け取れないので、方法論やルールや成功法則を作ってそれに従うことで生活を充実させるのではないでしょうか?

 とすると、わたしたち感覚過敏がその方法論やルールに従えないのも自然な気がします。

 そもそも、わたしたちの身体が発する命令のほうが、方法論の元祖なのですから。

 自分の身体が教えてくれるお告げと、外側からやってくる方法論。元祖の方が優先されるのは当然です。
 そりゃ身体も動かなくなるし、「ふつうの上手いやり方」に従えなくもなります。

 わたしたちの身体にとっては、わたしたちの身体が教えてくれるもののほうがホンモノなわけですから。

 この「感覚過敏」っていうのも何だか味気ないですね。躁鬱大学(noteで連載されている読み物です。超おすすめ!!!)学長の坂口恭平さんは、「躁鬱人」とか「狩人」「シャーマン・メディスンマン」「医人」「酋長」など、色々なロマンあふれる表現(表現であり考察)をしているので、わたしも彼に倣って「感覚過敏人」をいい感じの言葉で表してみたいです。

 っていうか、過敏なのは何も感覚、五感などの感覚だけとは限りません。社会的な理不尽や他者の痛みに敏感、というのも十分生きづらさにつながりますから、立派な過敏体質です(繰り返しになりますが、わたしはそれが「過敏」と扱われるほうが問題だと思うんですけどね!!!)。
 というわけで、ひっくるめて「過敏人」と呼ぶことにしましょうか。

 わたしたち過敏人は、成功法則や方法論や自分ルールが要らない生き物なのかもしれません。要るとすれば、「身体の自然に任せる、従う」というルールくらいなのかも。

 今回のまとめですが、

・「ひたすら悲しい」「今までずっと悲しかったことが悲しい」は ”思い出し悲しい” かもしれない。
 ”思い出し悲しい” だとわかると、今のことでも未来のことでもないことが分かり、安心できる。

・過敏人は “思い出し悲しい” の名人だが、その分、身体からお告げ(自分専用の成功法則)を受け取ることができるっぽい。
 だから過敏であるのも悪いことばっかりじゃないってことは覚えておいて。

 ということです。

 最後まで読んでくれてありがとう。

きょうの活動と断片。6月12日、2020年

 朝起きて、家事をして、最低限はできあがっている新曲のMVを眺めて唸った。手を入れるべきか、入れないべきかと。
 MVはいつも色々と迷う。
 音楽以外の情報、例えば文章とか映像の切り替えを入れたら入れたで音楽が聴こえなくなる気もするし、かといって見るものがないと目が退屈するのかなあとか……
 自分にしっくりくるものを作って、皆さんに提供する、という哲学でやっているので、わたしがしっくりくるようにするけれども、今日は迷う日だった。

 お昼を食べてから、「学校がしんどい君へ。」を書いた。
 一度に二日分書いたので、明日の分というか、一回分のストックができた。
 2回分とも長文になった。

 お昼を食べて、オンライン授業を受けてから、「哀と傷」のセルフライナーノーツを書いた。
 近々pixivFANBOXの方にアップできると思う。

 ここ数日授業で学んだことから、つくづく考えるのだけど、この現代社会、メディアの使い方が上手い悪ほど恐ろしいものはないなって。
 もちろん、メディアをうまく使って人を幸せにすることもきっとできるんだろうから、わたしはそっち方面の追求をどんどんしていきたい。
 そういうのって勉強や分析でどうにかなるもんじゃないかもしれないし、逆に言えばメディアの使い方が上手かったものが後からそう研究されるもんなのかもしれないから、狙ってできるのかはわからないけど……でも楽しそうだし。
 今日始めた↓みたいなメディアで何ができるのかとか、考えてみたら楽しそう。

 夜20時から、YouTube Liveでライブ配信をした。

 前々から企画していたプロジェクト〈天蓋〉というもので、自分の音楽を流しながらだらだらと雑談をした。
 でも、マイクでパソコンに向かって話すのは、まだまだ慣れない経験すぎて感覚がわからない。
 なんだか初めて歌をレコーディングしたあたりの時のことを思い出した。
 あの時は、マイクに向かって歌う感覚なんて掴めるも何も何がその感覚なのかも分からなかったし、何より緊張して気が散ってしまったし、「え、わたしもっと上手いんだけど……(マイクに向かってじゃなくて空間に向かって歌って、それをボイスレコーダーで録った時のクオリティと全然違う)」とか。
 懐かしいな。
 配信者の皆さんは神だということが改めてわかった。わたしもいずれその中の人柱になって行けたらいいな……まじリスペクトだ。

「声」に対する研究の材料にもなるかもしれない経験だ。練度を上げていきたい。

 新曲をupしたのちに、歌ってみたもまたやりたいな。

学校がしんどい君へ。6〜身体の自然〜

 なんか、自分はずーっと、自覚したのは小4からだけど、生きづらい側の人間なので、楽に生きる方法を探して色んな本を読んだんだけどさ。

 わたしが「これだ!」って思ったもの全部、根底にあるのは同じ一つのメッセージだなって気づきはじめた。

「身体の自然に任せよ。」

 これなんじゃないかって思った。

 わたしのような感覚過敏、周りの世界が発する刺激も自分の中の感覚もものすごく繊細に全部感じ取ってしまう人間は、「身体の自然」のセンサーがものすごいんじゃないかって。

 だから、自分の身体が発する自然に沿って歩いて行けば、とんでもないところに、この身体がわたしを連れていってくれるんじゃないかと思って。

 つい最近、坂口恭平さんの「躁鬱大学」を読んでいて気づいた。

 わたしは「自分」というものが物凄くあるし、褒められたいっていうのがモチベになる感覚がわからなかったり、一人の時間大好きで人と過ごしたらその1.5倍ひとりの時間が必要だったり、ノリノリで何か作業をしていてもフツーに疲れたりするので、躁鬱人ではない気がするけど、それ以外の部分はすごく共感できたんだよね、この連載。とてもおすすめです。

 今自分がしたいことを自分に聞く。その連続でとりあえず生きていこうと思います。

 坂口さんは、そういう好き勝手やる生き方は躁鬱人の生存戦略だ、的なことを(その通りのことは言ってないかもしれません。わたしの解釈です、念のため)言っているのですが、わたしにとってもそうで。

 生存戦略ってどういうことかっていうと、好き勝手生きられないと、躁鬱人もわたしも死にたくなってしまうらしいんだよねどうも。

 わたしが昔から、「もっとちゃんとしなさい!」と言われては「ちゃんとするってことはわたしがわたしじゃなくなることなんだ、じゃあ死んだ方がマシだ」と泣いて「そういうことじゃない!」ってまた怒られるっていうのを繰り返してきた理由もここにあったんだなーと。

 好き勝手できないなんて生きててもしょうがないじゃん、みたいなやつ。

 それでやってみて、何が自分のところにやってくるのかにとても興味がある、というお話でした。

 しょうがないじゃん、ちゃんと考えて行動しようと思っても、途中で身体が動かなくなったりするんだもん。

 身体の具合がいい時は、普通の人がやる方法で頑張りはじめたりするんだよ。それで計画を立てたりする。でも、結局天気が悪い日とかが途中で来て、身体が動かなくて、ああわたしはやっぱりこうなんだ、って気づいて鬱になる。それをずっと繰り返してたし繰り返してる。どうしてか、普通の方法論を自分にもできるって思っちゃうんだよ。具合がいい時は。

 でもそうじゃない方がいいのかもね。元気な時だって自分の体に従った方がいいんだろうな。「挫折」しないために。

 挫折してたんじゃなくて、もともと立ててた計画が自分の身体に合ってなかったんだと思う。小康状態だからこそできることを毎日やろうとしたって、無理なんだよな。よく考えなくても。

 人が言ってる「やり方」は、大抵わたしの身体には合わないってことを理解しとかないといけないなーと実感している低気圧の時期です。
 君も身体に気をつけて。