そして、私はピンを刺す。
私はミュージカル女優になりたいです、と、その子は私にピースサインを向けた。彼女の眼窩には、魔法の目が埋まっていた。
彼女は知っていた−−その目は、彼女が欲するのなら、映したもの全てを与えてくれることを。不可能など、魔法の目にはないことを。文字通り、何でも手に入れられて、何にでもなれる。子供はそういう生き物だと、みんな知っている。彼女ももちろん知っていた。
彼女の夢に、私はピンを刺す。
美しい思い出になるようにと。
私に夢なんてありません、と、その子は紙飛行機を折っていた。なりたいもの、ないの、と私が聞いても、何も答えなかった。
夢みたいなこと言うのは、子供のすることだもん、と、しばらくしてから彼女は言った。私は何も言えなかった。私が言葉を探しているうちに、彼女は紙飛行機を窓からひょいっと飛ばした。あっ、と私が声を上げている間に、紙飛行機はコンクリートの地面に落ちた。
危ないでしょう、誰かに当たったらどうするの、誰かの目に当たったりしたら、と私が彼女に言うと、紙飛行機ぐらい危なくないでしょと彼女は顔を背けた。彼女が折っていたのは、夢を書くための紙だった。
あの紙飛行機がそれからどうなったのか、私は知らない。気づいたときには、いつの間にかなくなっていた。彼女が拾ったのか、別の誰かが拾ったのかも、とってあるのか、捨てられたのかもわからない。
提出されていないものに、ピンは刺せない。
私は昆虫学者になりたいです、と、その子は図鑑を見たまま言った。そうなの、と私はカメラを手にしたまま、彼女の図鑑を一緒に覗き込んだ。蝶たちの写真が並べられていた。生きたまま撮ったのか、標本なのかはわからなかった。
幼い頃、父に連れられて田舎に行った。祖父の書斎は標本でいっぱいだった。無数の蝶が美しく死んでいた。祖父は父に作り方を語った。
私はずっと、ある死体に刺さったピンの根元を見ていた。角度が歪んでいた。力のかかる角度が悪かったからか、死体の肚は醜く潰れていた。それはお父さんが小さい頃にやったんだ、と父が声をかけてきたけれど、聴こえないふりをして眺め続けた。殺し方を間違えると、蝶は美しくなくなるのだと知った。
父は祖父に、標本を写真に撮ってもいいかいと聞いた。祖父はいいともと答えた。虫が嫌いな母は、標本の写真を見て、綺麗ねと言った。私は、お母さん、それは死体だよとは、言わなかった。殺されると虫は美しくなるのだと知った。
先生も蝶が好きだよと、私はその子に言った。彼女は嬉しそうに、綺麗だよねと言った。
私は彼女にもピンを刺した。
保存の仕方を間違えなければねと。
先生も書きなよと、どの子だったか、誰かが言った。先生は書かないよ、だってもう大人だもん、大人になったらなりたいものを書くなんておかしいよと、別の子が言った。十年後、自分はどうなっていたいかを書く課題だった。
そうだよ、先生は大人だから。みんなの夢が知りたいな、と私は言った。
お母さん、私の子供の頃のもの、まだ取ってある、と私は母に尋ねた。どうして、と尋ね返されたので、もうすぐ半分の成人式だから、懐かしくて、と答えた。母は少し鬱陶しそうにしながら、物置の隅を指差した。三十分ほどかかって、私は探し物を見つけた。
幼い私の筆跡が、目に飛び込んでくる。
「私は、歌手になりたいです。なぜなら、歌手は人を感動させられるからです」
本の表紙を飾りそうな笑顔が、魔法の目で私を見た。ピンの穴が黒く光っていた。
私は魔法の目より、黒い光を見つめ返す。
終わったよ、と光は言った。
綺麗だね、とも言った。
どこにも行かないでね、とも言った。
私はその紙を元のように仕舞った。明日読む原稿を読み直さねばならなかった。
「十年後、ここにいる子供たちみんなの夢が叶っていること。それが私の夢です」
子供たちは夢を語った。保護者は皆涙を流し、写真やビデオを撮り、力いっぱい拍手をした。子供たちはぴったり揃って礼をする。
そして、私は教師になった。