わたしをずっと生かしてくれたもの--それはきっと、いや、きっとなんて言葉は必要ないくらい、メルヘンなのだ。 メルヘンというか空想。 空想というか、頭の中に浮かぶ別世界のようなもの。  ビジョンとして何かが頭の中に浮かん […]
 ひまになったので、こっちの投稿もたまにはしてみようと思う。あんまり書くこと見つからないけど。  大人ぶった文章、優等生ぶった文章、取り澄ました文章を書くことを自分に禁じてみたら、セルフツッコミ満載の厨二病文章になる気が […]
‪人間の奥の奥の奥にはさびしさしかないのかもしれない、それを見ないように普段はあかるいふりをしているのかもしれない、かと言ってすべてふりとは言い切れないし実際人間はあかるい、けれど奥底にはさびしさしか無い、だからほかのだ […]
 やりたいことがたくさんあるのは幸せなことだ。 ……大変幸せなことなんだけれども、身体と同じように頭とか、クリエイティヴな部分というのは使えば使うだけ疲れてしまう。1日に動ける量に限界があって、嬉しいんだけれどもそういう […]
 今までの曲を振り返ってみた。  世界の冷たさと、たった一人で戦おうとしていた時期があった。  一緒に寄り添って、でも寄り添うことしかできないかもしれない誰かに向かって歌うこともあった。  自分が見たビジョンを、それは間 […]
 想像力は言葉の外にある。直感であり、感覚である。 ビジョンであり、世界である。 言葉で知ることはある意味、テクニックだ。構造だ。
 わたしの敬愛するリュック・フェラーリは、自身の作品について、よく「〇〇の戯れ」と言っていた。戯れというのは、起きてくること、現象、ハーモニー、ドラマ、イメージ、そういうものを楽しむことだったと思う。偶然性を肯定的に捉え […]
 上演する作品だけじゃなくて、小説も、結局その時の自分が手を動かした結果の産物だ。考えるのは頭でも、物を作るのは結局手である。  ということは、その手を動かした結果の産物たる作品は、アイディアルな(理想的な、観念的な、抽 […]
 手を伸ばす、という言葉、言い回しを、わたしは歌詞の中でよく使う。ということは多分、日常的にも、「手を伸ばす」と表現したくなるようなことをしているんだろう。  昔からずーっとわたしの世界は、わたしの中にある世界とわたしの […]
 久々にテレビドラマを見た。 物語っていいなあと思った。 現実は誰がいいやつとか悪いやつとか、正しいとか正しくないとか決まっていないし、はたから見る人にとってわたしは主人公として見えても悪役として見えてもおかしくない。  […]
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