宣伝についてのセルフ作戦会議。

 どうも、宣伝が苦手な宵部憂です。

 わたしの尊敬する人が「売らないと売れないよ」って言っていて、わたしは「だよねっ!」と思うと同時に「どうしよ……」って思ったので、ブログを書いて色々考えてみることにしました。

 人に話しながら考える人もいると思いますが、
 わたしはブログに書いて頭を整理するのが一番やりやすいし、人に負担もかけないし、自分とより深く繋がれる気がしていいなっ!という結論に達したので、
 もうここを大学の研究だけでなくわたしによる「わたし」の研究ノートとしてもフル活用していこうと思います。

 宣伝が苦手な理由はこの辺の記事↓に書いた感じです。

 つまり「作品について説明なんかできるわけねーだろ甘えんな」ということです。

 ただ、別に宣伝=作品の説明とは限りませんし、作品を作ったら絶対何か言いたいことも生まれるはずだよなぁ、自分の中にその萌芽は間違いなく感じるし……と思っているところでした。

 まず、足掛かりとして最初に考えたいのは、大学で作品を作ってそれについて説明するのは全然悪い気がしない、どころか、楽しいかも、という点についてです。

 これは、そもそも「大学で研究しながら作品を作るとはそういうことである」と最初から了解している上に、勉強と言語化がめちゃくちゃ楽しいから、という答えが既にわかっています。

 だから多分、作品の説明と宣伝が一体化するのが嫌なんです。

 これは、「作品は作品なのだから、説明で説明し切れるものではない」というのが、大学のような場では共通認識になっているから構わないけど、アカデミアやアート系の世界の外ではそうとは限らないので、説明してしまうと説明で満足されてしまいそうで嫌だ、ということです。

 じゃあ、宣伝するときに、作品を説明しなければ、たぶん喜んでわたしは宣伝……というか、「宣伝!」って感じのエネルギーのものではないと思うんですけど、「みてね」ってできると思います。

 じゃあ何を伝えるのか。

 既に思いついているのは、「その作品を作るに至った経緯」ですね。

 どうしてそれを閃いたのか、どうしてその手法を選んだのか、作っている時に何があったのか、何を感じたのか……
 を、ただ事実を列挙するんじゃなくて、ストーリーとして、その記述自体が詩みたいになるように、美しい文章で書いてみたい。

 今までも、何を考えて作ったか、はブログに書くことがあったんですけど、大学での書き方が癖になってるのかな、すごく堅い書き方しかできなくて。
 もっと随筆みたいな感じで書きたいです!

 他にはなんだろう、「その作品に自分で触れたら何を感じたか」も、随筆みたいに書きたい。

 わたしのモットーに、「聴いた人の人生とともにある音楽」っていうのがあって、それはつまり、聴いたタイミングによって全然違うことを気付けたり、感じられたりするってことなんだけど。

 それをまず自分が体感して、その体感を書いていきたいなって。

 わたしの尊敬する人は、自分で商品をプロデュースすることはあるけどわたしみたいに全部自分で作る人ってわけではないけど、「自分が自分の広告塔になる」ってよく言っています。

 そういうのって、わたしは全部自分で作っているから自画自賛みたいで嫌だな、その人の真似はできないよって思ってたんですけど、ちょっとそれはそれで驕った考え方かもしれなくて。

 作品ってね、神様と共同で作るものなんですよ。神様あるいは自分の霊感、とにかく、少なくとも自分の力で全て作られてるわけじゃない。
 たくさんの偶然や運命の力を借りて、たまたまその形に仕上がった、この世に二つと無いし何か条件が違ったら別のものになっていたっていう「奇跡」なわけです。

 だから自画自賛って言葉もおかしくて、それは「自画」では別にないわけですよ、わたしに言わせると。

 たとい自画だったとしても、それは作品として自分とは別の自我を持っているわけです(自画だけに)。
 自分の子どもは自分ではないのと同じで、自分が生み出した作品を褒めることを厭う気持ちは、正直言ってわたしの中にはもともとはありませんでした。

 だってそれ、もうわたしとは独立した、あんま関係ない存在なんだもの。

 でも自分の人生の中に存在していて、自分に何かを気づかせてくれるんだから、そりゃ、本当は褒めたいし、何遍もエッセイ書きたいかも。

 じゃあ、もともとはそんな気持ち無かったのなら、どうして持つようになったのかっていうと、
 ……人の目を気にするからでした。

 はい! ということは、この自粛心(わたしの今思いついた造語ですが、なかなか良い言葉ができたかも)は要らないってことですね! 捨てます!!!

 わたしは思えば昔から、自分の能力やできること/できたことを自分でアピールしてはいけないって思ってきたかもしれません。

 当然、自慢してると言われるからです。

 それもまた当然で、だってわたしは努力で獲得できた力って無いから、共感なんてされるわけがないんです。

 わたしがしてきた/している努力があるとするならそれは、もともと持ってる力を発揮できるように周囲の環境や自分のやり方を整える努力です。

 やっぱり、あんまり共感されないかもしれません。

 でもそもそも、わたしにはあんまり共感は必要ありません。

 それより世界観の魅力で勝負するからね。

 というわけで、自分大好きかよって思われるのはまだ怖いけど、自分の曲にまつわる随筆、これからいっぱい書いていこうかな。

 実際わたし自分大好きだしね!!!!!

 そんなん超今更だな!!!!!

 自分が嫌いで自分の世界観作り込めるわけないもんな!!!!!

 書いてみなきゃ始まんないよね。小説書けないといういつもの悩みです。

 何かを語るのは、言葉一つ一つというより、思考の流れである。

 私が語りたいのは、人間同士の間の情だったり、とりとめもない誰かの考えだったり。
 あの人があんなことを考えているのを聞いてみたい。

 理性は推敲の時に。

 とにかく書くことで書きたいことが生まれることだって少なくない。

 

メルヘン(未完になっちゃったけど公開しとく。2021.06.11)

 わたしをずっと生かしてくれたもの--それはきっと、いや、きっとなんて言葉は必要ないくらい、メルヘンなのだ。
 メルヘンというか空想。
 空想というか、頭の中に浮かぶ別世界のようなもの。

 ビジョンとして何かが頭の中に浮かんで、あるいはそれは人間、人格の形を取ったりもしていて、それを自分の外に出そうと頭を巡らせていれば、外の世界がどれだけわたしにとって厳しいものであっても、とりあえずは忘れていられた。

 自分だけの空間があるということ。

 とはいえ、それだけではあまりに孤独だから、わたしはそのメルヘンを、ビジョンを、できるかぎりそのまま他者に見せたいのだ。

 だから歌を作ったり、小説を書いたり文芸をしたりする。

2019-05-06_物語に呪われていた。

わたしはずっと、生まれてからずっと、物語のおかげで生きて、安らいで、学んできたけれど、同時にずっと物語に呪われ続けていたことに気づいてしまった。

わたしは物語を盾に、都合のいい理想を押し付けられ続けてきた。

古来より物語は道徳を説くために使われてきた。
わたしは次々と事件の起こる物語から、身を守るにはつかの間の喜びを得てはいけないのだと誤った学びを得てしまったし(それは物語を面白くするには不可欠の仕掛けだが、現実は必ずしもそうできているわけではないのに)、
何より、自分が物語の中の人物たちのように逆境を乗り越える力を持っていないこと(と、わたしは成長していく中でいつの間にか信じ込まされていた。これは物語のせいではなくて、他の要因と複雑に絡み合った結果だけれど)、”ふつう”でないこと、美点を持っていないことに絶望した。
その美点とは努力だったり、忍耐だったり、勤勉だったり、社交性だったり、義理堅さだったり、行動力だったりした。
いつの間にか、わたしは物語の世界からも閉め出されがちになった。

それが恐ろしくて、ほんとうは、心の奥底では、自分の物語が誰かを楽しませることを拒んでいたのだと気づいて、途方にくれた。

物語を書くということは、何か結論を出すということだ。
物語の中で誰かを救うということは、正しさを決めるということだ。

少なくともわたしの物語がそういうふうに読まれてしまう可能性をなくすことなどできはしない。他人を操作することなどできないのだから。

わたしは恐ろしかった。
わたしの物語が、誰かを押し潰しはしないだろうかと。
誰かを理想化するために、操作し改造(ほんとうは他人を変えることなどできないから、結局それはただの歪曲になってしまう)するために、思い通りに従わせるために使われはしないかと。

それが怖くて、分かりやすい物語も、面白い物語も、ほんとうは心の底では書くことを拒否していたのだと気がついた。

「……めでたしめでたし。だから、あなたもこの主人公のように〇〇しなさい。そうすれば……」
という決まり文句がちらついて、そのたびに、わたしはあの、誰もわたしに共感してくれず、どこにも居場所がないような感覚を味わう。

教訓は人を呪う。
人間は教訓を守って生きていけるほど賢くできてはいないからだ。
それなのに……

わたしが物語に呪われてきたのは、物語がずっと教訓の影を従えてきていたからだ。


わたしは、この呪いとどう戦えばいいのだろう。

2019-05-05_文体について

今日は改めて小説について考え込む日だった。
わたしのこれまでの文章ってもしかして”描写”で、小説ではなかったんじゃないかと思った。薄々感づいては、まあ、実は、いたけど……

”小説の言葉は、書き手が読み手に言いたいことを伝えるための言葉でなくてはならない”
と、わたしの愛読の本に記してあった。
わたしは久々にその本を読んだので、目から鱗が落ちる思いだった。今さら気づくとは……

わたしは登場人物の感情を断定すること、説明することを恐れて、持って回った言い方をしてしまっていたのだ。行動の内容について説明するのに言葉を使いすぎたり、それでいて肝心の感情についてははっきりと述べなかったり。
確かに現実世界では、他人の気持ちはあくまで仕草や雰囲気をうかがい見て推察することしかできないけれど、物語とは、語り手とは、そういう現実とは違ったルールの上で存在している装置であるのに。

だからわたしは視点を登場人物に寄せすぎて身動きが取れなくなったり、語り手ではなく登場人物を演じようとしていたりで、うまく書けなかったのか、と納得して、ひとり唸っていた。

わたしは昔から空想の世界で遊ぶことが好きだったので、空想と一体化してしまうことができる。それはそれで大事なことだろうけれど、わたしは語り手としての振る舞い方を知らなかったのだ。

明日からの目標は語り手のやり方を身につけることだ。えいえいおー。


詩はみんなのもの、歌は私のもの

私にとって、曲も詞も自分で書いた「歌」は私のものなので、発表するとなったら自分で歌わないとしっくりこないけど、詩はむしろ逆で、自分で朗読するのがしっくりこない。自分の解釈や声が詩の自由を奪ってしまうような居心地の悪さがある。

多分、詩は言葉として表出させてしまったら、私の中では、その言葉たちはもう客体になってしまうからなんだと思う。みんなで共有できて、それでいて、ひとりひとりが好きなように自分に引きつけて味わえるもの、それが詩だと自分では解釈しているようだ。

でも、違う感じ方・考え方をしている友達もいて、そこも面白いなと思っている。

リュック・フェラーリについて

最近リュック・フェラーリが面白い。
多分これから先、私は彼を北極星として創作を行っていくんじゃないかなんて思っている。北極星というのはつまり、必ずしも彼に従って、彼を目標としていくのではなく、ただ、彼がそこで光っていてくれるから、自分はどこへ進むべきか(だから必要に応じて彼とは別の方向に進むことだって当然ある)分かって、そう進んでいける、というような存在なのだ。

リュック・フェラーリは1929年パリに生まれた作曲家だ。同時代の作曲家には、ジョン・ケージ、ヤニス・クセナキス、ピエール・シェフェール、ピエール・アンリ等々がいる。彼の時代にはミュジック・コンクレートとセリー音楽が現代音楽の大きな2本の柱になっていて、そのため彼は様々な葛藤や冒険をあるいは余儀なくされ、あるいは自ら楽しんでいた。

私がフェラーリを知ったきっかけ、彼に惹かれたきっかけは、彼が「逸話的音楽」という言葉を使ったことだ。授業で彼についての概要を聞く機会があり、「逸話」と「音楽」という言葉を使った、物語と音楽について追究したい私には一度聞いたら忘れられないタームが出てきたので、そのタームを使った人物について調べてみようと思った。ら、そのフェラーリとかいう御仁はとんでもなく面白い人のようだということが分かった。

で、ここで「逸話的音楽」について詳しく語ってみるけれども、興味のない方は読み飛ばしてくださっても構わない。
ミュジック・コンクレートとは、録音された音の素材を使って作る音楽(というか”音響作品”と呼んだほうがいいかもしれない、私たちが一般に考える「音楽」とは正直言ってだいぶかけ離れているし)である。リュック・フェラーリは上述のピエール・シェフェール、ピエール・アンリらとともに(そこにはクセナキスもいたわけだが、特にこの2名がセットで有名なのだ)、このミュジック・コンクレートの実験および創作を行っていた。
しかし結局、アンリとフェラーリはシェフェールの元を去ってしまった。というのも、シェフェールは「録音された音が何の音であるか分かるように使う」とか、「何の音であるかが意味を持つような作品を作る」ということをミュジック・コンクレートの禁忌、美学に反する行為だと考えていたからだ。シェフェールは、雑音や日常音=楽音に比べればとるに足りないものとされてしまう音でも、録音して「その音自体」として注意深く、美的神経を働かせて聴くことで、音楽の素材となることができる、それこそがミュジック・コンクレートの意義である……という風に考えていたっぽく、そのためにはその音が持つ音としての特徴が大切なのであって、ある音の鳴るに至った背景や社会での意味を持ち出すことは、音を聴覚的な刺激として聴く妨げになるから、むしろ邪魔である、と考えていたっぽい。
つまり逆に言うと、アンリとシェフェールはその「録音された音の意味」を使った創作をしてみたかったのである(シェフェールやアンリについてはこれから詳しく調べる予定なので、間違っていたらぜひ優しく訂正して頂きたい……)。
というわけで、シェフェールと袂を別ったフェラーリは、録音した音を使い、その音が持つ、その音が鳴るに至った背景であったり、どこで録ったどのような音であるかといった”音の意味”を重要視してミュジック・コンクレートや、その他の作品を制作し、これを「逸話的音楽」と呼んだ。
音が持つ逸話を大切にする態度は、この後、彼の生涯にわたる制作テーマの一つになった。

……というのがフェラーリの「逸話的音楽」についての概要である。あれだよね、エピソードをその内側に持った音っていうかなりロマンチックな感じいいよね(あえて直感的な表現)。エピソードをその内側に持った、とか、意味を込めたもの、ってなんだか花言葉のついた花とか石言葉のついた石とかに似ててロマンチックだと思った。

彼は「逸話的音楽」の他にも面白い発想というか制作テーマをたくさん打ち出していて、その面白さはとてもこの記事一本では語りきれないけれど無限に語れる気がする。

とりあえず以下の二冊を読んでみてほしい。まじ面白いから。

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リュック・フェラーリとほとんど何もない―インタヴュー-リュック・フェラーリのテクストと想像上の自伝
フェラーリの友人で音楽学者のジャクリーヌ・コー氏の著。フェラーリが自分の作品についてコーによるインタビューを受けて語っている(そこにコー氏のまとめ文などがつく)方式なので、フェラーリがものを作るとき何を考えていたのか、本人の口から出た言葉(の翻訳!)を読むことが出来る! すごい!

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リュック・フェラーリ-センチメンタル・テールズ──あるいは自伝としての芸術
フェラーリが書いていた、「自伝」(必ずしも一般的な意味の「自伝」と一致するものばかりではない、そこもまた面白い)をはじめとするテクスト(の翻訳!)が集められている。巻末には役者による「リュック・フェラーリ小伝」と、翻訳協力者による「ドイツにおけるヘールシュピール小史」もついている。すごい!

というわけで読んでみてくださいね。

あと最後にこれだけは語りたい、彼の、「実験音楽」というジャンルに真摯なところ(本人はそうしているつもりはないと思うけど)も大好き。
リュック・フェラーリは、自分のアイデンティティを固定化してしまうこと、誰かに「正解」を教える、教条的な立場になることを強く拒否していた。一つの理想に捉われることを拒否し、形式や思想、理念と向き合い、それが自分を縛るものであるならそれを破壊し、それが自由を保障してくれるものならそれと融和する。その態度は、創作の根幹である”自由”を何より大切にするものだと思うし、それが「実験音楽」の本懐なんじゃないかと思う。
だから彼がひいた道筋はかけがえのないものなんじゃないかと。やっぱり北極星としたくなるにはそれだけのゆえんのある人ということだ。

というわけで、私は彼についての研究・分析から着想を得て自分の創作をガリガリ進める……ということになっていきそうだ。

やっと掴めた自分のペースを大切にしつつ、惑星のように堂々と、坦々と、夢中になって、活動していきたいと思う。

というわけで今年も宵部憂をよろしくお願いします。

家(2018/12/4)

2018年12月4日に書いたものが出てきたので乗せてみます↓

私とは、家。

私が何を思っているのか、何をわかってほしいのか、何を書きたいのか、何者なのか。

それが分からなければ、「私の作品」は作れないと思った。

私はずっと彼らしか見ていなかったから、寂しいのかもしれないと思った。

でも、私を見つめても埒が開かなかった。

私は「私」のままでは、希望を信じられなかった。

愛が信じられなかった。

世界を信頼できなかった。

私を知れば知るほど、私の行き場所なんてどこにもない気がした。

世界は怒りと恐怖に満ちていて、そのどちらも私にとっては猛毒で、それらを避けようと思ったら、ほんの一欠片の場所でしか生きていけないのだと。

だから、いっそ思い切り私の中の世界を生きようと思った。

思い切り彼らを愛してみようと思った。

現実なんか捨てる覚悟をしてみようと思った。

そうしたら私は神様になれる。

何もかもデザインできる。

自分には力があるって信じられる。

自分にはできないことを彼らならしてくれるなら、思い切り彼らにやってもらおうと思った。

その彼らの力を信じようと思った。

私は彼らの神様で、彼らは私の神様だ。

お互い何も制限しないし決め事もないけれど、導いてはくれる。

何よりも彼らを大切にしようと思った。

過去を掘る

創作をしていると、それも頭で考えて自分の上に何か積んでいく方式ではなくて、自分の中にすでに溜められたものをすくい取る形で創作をしていると、順調な時は畑を耕すみたいにふかふかな感触とその中で芽吹くだろう種の成長を想うのを楽しみながら書くことができるけれど、時々ゴツっと手ごたえにぶつかることがある。

その手ごたえの正体は過去に解決できないままそこに置いておくしかなかったわだかまりで、人はそれをインナーチャイルドと呼んだりカルマと呼んだりするのかもしれない。

そういうものを否が応でも見つけてしまうことは、私にとって悪いことか否か。
自己判断では否である。

確かにその過去の残骸とも呼べるものを目にして蹲ることもあるけれど、創作をやめようとは思わない。
掘って、耕して、見つけて、掘り起こすのを繰り返すのは、それこそが人生なんじゃないかって思うから。

要するに物を作ることは私にとって生きた心地を取り戻すことなのだ。
地に足つける、とも言う。
なくてはならないものだ。

心は、普通のかすり傷みたいに、瘡蓋ができたら何もせずにそっとしておけば傷が治るというものではない。というより、何もしないでいたら庇うことやその傷への刺激を取り除くことができないので、そっとしておくことはできない。
結局逃げ続けても向き合わなければ繰り返す。
実際私は繰り返してきて、もうそろそろうんざりしているし。

だから物を作ることで、私は確かに前に進めているという実感を得ているのだろう。概念的な、人生における前進がたとえ幻想でも、形になる成果物は実際手にできている。

時折辛いことを掘り起こして、今日みたいにその余波でぐらついても、それも受け止めると決めたのだ。

ゆっくり、自分に寄り添って、長い息で続けていこう。
明日も。

なんて取り留めもないことけれど、ここに吐き出しておく。

取り出す

自分の外の世界の面白さに反応して物を作る人が、私の周りには多かったので、自分もそうするべきだと思っていた。

けれども私にとってそれは、身体ではなく、生み出す器官からではなく、頭で物を作ることだったので、自然なことではなく、いずれ限界の来ることだった。

何より、そうして物を作っていると、自分が今どこにいるのか、何をして、何を感じて、どれだけ消耗しているのか、自分で理解することができない身体になってしまうから、とりあえずやめてみようと思った。

今は自分の肚の底から浮かび上がってくるものを作っている。

いつか底が尽きる日が来るのかもしれないけれど、その日はその日で楽しみでもある。