今日昨日と頭の中がぐちゃぐちゃでした。

 一昨日小旅行してきたので、その疲れもあると思います。
 久々に親に会ったのですが、いつも親と会った後の帰り道ってなんかすごく寂しくて、他の人と会った後にはこんなの感じないのに変だなあってずっと思っていたんですが、その謎が解けました。
 そもそも実家暮らしの頃から、すっごい幼い頃から、家族3人でご飯食べて夜に帰ったりすると、なんだか泣き出したいくらい寂しい?センチメンタルな気持ちになるっていうのはわりと良くあることで、それもこれもひっくるめて答えが出ました。

 わたしは年中さんのときに悟った「親はいつか死ぬ」っていう不安感を、ずーーーーーっと引きずってるんだな、と。

 確かにわたしの両親は、他のわたしと同年代の子たちの親に比べて高齢ですが、まだまだ健在で、っていうか子どもの頃から親がいなくなることを考え続けるような子どもってどうなの?
 でもなんか、ずっとそういう「いつかいなくなる」っていう感覚がめちゃくちゃ強いんだなってわかりました。

 長らく一人暮らしで離れていても大丈夫どころか落ち着くので、離れることが辛いのではなく、子どもの頃の悟りを忘れられないっていうか。
 子どもの頃、あれを悟った時の絶望的な気持ちが忘れられないというか。
 そうだな、うん、だからそういう時だけ精神が子どもに戻っちゃう部分があるのだと思います。精神があの時に戻っちゃうんだな。
 ってことに気がつけたので、これからは改善するのかもしれませんが。

 だからわたしが生き急ぐのって、食い扶持稼がなきゃ!と焦るのって、この恐怖というか不安に対する薬が欲しいからっていうのも大きいんだということがわかりました。

 あぁ、とりあえずブログに書いて、少し消化できたかも。

 自分では気づいてなかったけど、このこともあって頭がぐちゃぐちゃになったのは確かな気がする。
 例の不安を思い出して、また「頑張らなきゃスイッチ」が入ってしまったから、余計な力みが生まれたような感じ。
 あとは多分天気もあるけど。

 とりあえず情緒に任せて泣いてみてから考えます。

 

 人はいつか死ぬ、って、当たり前のことだけど、当たり前のことだから、忘れて生きてるけど、
 それがすごく悲しいことに感じることもあれば、そうじゃない時もある。

 ああでもなんか、書きながら気づいたけど、
 このブログ、親も読んでるっぽいからほんと、こういうの書くの恥ずかしいけど、

 わたしは両親のこと幸せにできないんじゃないかと思って、それが怖くて悲しくて、申し訳なかったのかもしれない。
 親が生きてるうちに、何かしてあげたいって思ってたのかもしれない。
(繰り返すけど両親は全然健在です!!!!!!)

 いつか「その時」がきた時に、「あなたのことを幸せにできなくてごめんなさい」って思うかもしれない、その感情を先取りして、泣きそうになっていたのかも。

 ……ま、それぐらい愛してるってことなんだろうね!!!!!(あーはずかし……)

 自分でも書いてて何言ってんだろって思うというか、客観的に考えたら意味わかんないぐらい思い詰めすぎてるのはわかるんだけど、
 頭ではわかるんだけど、でもそう思うんだもん。そういう感情が湧くんだもんどういうわけか。

 でもさ、これも何度も親とは話してきたから言われてきてるんだよね、わたしに笑顔でいてほしいだけだよって。
 だから「何かしてあげたい」っていうこれはさ、いらないっていうか、まああったら素敵かもしれないけどここまで思い詰めるほどじゃないんだよね。それもわかってる。

 親のこと幸せにしたいって思ってきたんだなあ。
 そして「もう幸せだよ」って何遍も言われてんの。
 流石にこれ以上思い続けんのって失礼だよなあ。

 そう、失礼だよね。
 勝手にかわいそうだって何故か思ってたみたいでさ……
 ほんとなんでなんだろ。

 これもまた、自分の人生を生きてないことになるんだな。

 やっと気づけた。

 勝手に他人の幸せとやらを背負い込んでさ、勝手にその人を悪者にしてさ。
 人ってそういうもんだけど、成長ってそれに気づいてくことだけど、
 うーん、ご迷惑おかけしてますほんとうに。笑

 返す返す、やっぱり自分のためだけに集中しないとなあ。

 

 うん、そうなんだ、だから焦っちゃうんだ。

 

 なんかまた、自分の真相=深層を掴めた感じがする。

 

 まとまらなくなっちゃったけど、今日はこの辺で。