雌伏の時。

 すこし色々とおやすみしています。

 いつか開けるしかなかった、自分の中のパンドラの箱が開いて、
 非力で、何事も怖くて仕方がなくて、ものすごく傷付いている、小さな子どもの自分が、ついに姿を現したからです。

 ずっとその子の存在は知っていたけど、動けなくなってしまってはいけないと思って、ずっとそこに戻らずに走り続けてきた。
 でも本当は、そこに一旦立ち返らないと、同じカルマを繰り返すだけなのかもしれないから、今その蓋を開けて、向き合ってみているのです。

 そうしたら、今までの、必死に大人になろうと頑張ってきたわたしは、鎧なわけなので、取り払われてしまって。
 ふわっとどこかに行ってしまいました。

 創作をするのもね、わたしが生きるための手段でした。

 わたしはもう、小学校高学年の不登校していた頃から、わたしの生きる道は創作しかないな、って思っていて、だからずーっと、「創作をしない・できないわたしは価値がない」っていう観念がわたしの中にあります。
 もちろん、自分の中に溢れるものを表現したくて、とか、出さないとしんどいから、とかで創作しているのも大きかったけど、でもやっぱりどこかで、生きていく道として、っていう意識もありました。

 生きていく道、っていうのは二つの意味でです。
 一つは、この長すぎる人生の間にやること、つまり生きがいみたいな意味。
 そしてもう一つは、広い意味での仕事(アーレント的な意味でもあるかも)として。そりゃお金になれば御の字だし、そうじゃなくても、自分の生きた証を何かしら残すものとして。

 でもなんだろ、わたしはそもそも、それどころじゃなかったことがわかってしまったんですよ。

 わたしは、子ども時代、色んなことがありすぎて、この世界のことをとても怖いものだと思っています。
 怖い、辛い、苦しい出来事に遭いすぎて(わたしの脳みそは多分、色々な刺激を重大に受け取る仕様なのです)、生きること自体に萎縮してしまっています。
 あんな怖い、辛い、苦しいことがまた起きるかもしれないなら、生きていくこと自体がすごくしんどい。
 怖い。
 辞めたい。
 生きるの辞めたい。
 これが、わたしの一番深いところにある本音です。

 それでも生きなきゃいけないし、生きてみたいから、わたしは生きると思います。
 わたしは痛いのもきついのもマジで無理なので(重い荷物を背負って学校に行くとか拷問じゃんとか抜かすレベル)、絶対死ぬのは無理です。
 あと、もったいないし。
 せっかく生まれてきたんだから、生きられるところまで生きてみたいし。
 これはやばい、このままいくと自分は正常な判断ができなくなってゆくゆくは死ぬやつかもしれん、って察するのも早い人間なので、絶対死なないです。

 ただ、こんな本音を持ったままの状態で、ぼろぼろの状態で、そして実際今は頭に音楽も流れてこないし、何かに刺激的な魅力を感じることもちょっと無い状態なので、生きがいとか仕事とか言ってる場合じゃなく、今わたしは休むべきなのです。
 物事に意欲的に、そして自分らしく取り組める方法を探す--とかそういう場合じゃないのです。

 っていうか意欲的に取り組めるものはとっくに見つかっているし。創作です。今はめちゃくちゃ疲れているので(ずっと疲れていたことを自分でごまかせなくなったので)、創作を楽しめなくなっただけなのでね。

 わたしがここまで倒れずに走れたのも創作のためだったので、本当は休みたいときでも自分を頑張らせてしまう諸刃の剣でもあるわけですが。
 だから、向き合い方を少し再編成する必要はあるでしょう。
「創作してない自分、何で生きてるの?」ってならないようにする必要はまずあります。うん確実にある。

 でもそれも元気になってから考えるとして、休まなければなりません。

 今まで前に進もうと頑張ることしかしてこなかったので、休むってどうしたら良いのかまだまだ分からないのですが、とりあえず「何もできない、ゴミクズみたいな自分を許す」が何よりも大事だな、って思いました。

 家事も勉強も仕事もしない、寝るかYouTube見てばかり、風呂にも入らないし歯磨きもしない、そのくせ1日アイス何個食べるの?みたいな……
 でもそういう状態に自己規制をしなくなれば、すっっっっっっごく楽になれると思うのです。

 わたしはクッッッッッソ繊細というか感じやすい神経の作りをしているっぽく、そこにトラウマ経験からくる緊張(常時発動パッシブスキル)も加わって、普通に生活しているだけで社会に適合できる人たちに比べてクッッッッッッソ疲れたりストレスを溜めたりするっぽいのですが、そんな特性を取り柄だと思えるのって自己表現とか創作っていう領域しかないんですよ。
 少なくとも今はわたしにはそれしか思いつきません。他になんかあったらお問い合わせフォームから教えてください。

 だからその創作をしないとなると、いよいよ「わたしってなんでこんな貧弱なステータスで生まれてきちゃったんだろう……」って、ガンガン痛む頭で思うわけです。
 自分の身体に、性質に、自分が一番迷惑してます。
「なんでみんなみたいに動けないの?」
「こんなんで生きていけるわけなくない……????」

 そうは言っても疲れているときに創作なんてできるわけがありません、それが疲れているという状態だからです。
 かつ、普段、わたしは創作しているときに入る集中モードを、他者の念とか自分が勝手に作り出した「世間」の声が自分の中に入ってこないようにする結界として使っているので、それが使えないのがまた非常に困ります。弱っているときに限ってガードが弱くなるのです。
 ……いや、弱っているときにガード弱くなるのって当たり前か。それが弱ってるってことだもんな。

 結果、弱っている時ほど、自分で自分を許せなくなり、休めなくなる、という状態が発生するわけですね。
 ……自分は社会不適合だなあと思ったことがある方は、これ、心当たりあるんじゃないでしょうか?

 でも……ちょっと……練習してみます。
 創作もできない、動けない、敏感すぎて何でも痛い、そんな自分も許す……練習。

 結局許すしかないもんね。

(過去の)わたしの堆積さえあればあんたは一生食いっぱぐれないんだから、良い加減今までの自分=自分への信頼を信じてあんたは休めって!!!

 このブログを書き出す直前、自分の今までの曲を聴いていたことも手伝ってか、わたしの中からこんな声がして、

休むって何したらいんだよう!

 ってわたしは言い返したんですけど、

見たかった映画とか動画とかアニメとか見てぼーっとしろ!!!
ゴミクズみたいな自分を許し続けろーー!!!!
いっそのことポケモンのランクマッチ潜るとかしろ!!!!
意欲戻るまで何も生産すんな!!!!
自分のこれまでの作品でも見返して(聴き返して)ニヤニヤするとかしてろ!!!!

 って言われました。

 はい。
 これを伝えたくてこのブログを書きました。

 そんなわけで、わたしはしばらくゴミクズライフを満喫することにします。

 ゴミクズライフ満喫っていいですね。なんか今ちょっとワクッとしました。
 そうです、これからのわたしは、自分の心の満足するまでゴミクズでいることを楽しんで良いのです。

 ゴミクズライフ中に閃いたり共有したくなったりしたことがあったらまたブログにも顔を出すかもです。

 そんな感じの近況でした。
 おつかれー。

 

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