……だいぶ戻ってきました。
 だいぶ戻ってきたので、例によってまたライフハックをば。

 自分でも何をそんなに世界の終わりみたいに思っているのか、って、どうせなんとかなるんだから、って、頭で考えたらこんなにパニックなのはおかしいのはわかるけど、メンタルが静まってくれないのがパニックなんです。
 そんな度を越したパニックや不安になりやすい人に捧げます。

 静寂の時間を持つことはとても大事です。

 静かで、何もしない時間があると、つい自分を責めてしまうから、何かを流したり見たりしていたい、っていう心境は本当に、めちゃくちゃあると思うんですが、
 そういう時こそ自分を見つめることが大事かもしれません。

 自分を責めてくる自分は、つまりそれだけ焦っていたり罪悪感でいっぱいだったり傷ついていてさらに傷つくことを恐れていたりする自分です。
 だから、そんな頭の中の声たち=消化し切れていない過去の自分の本音に気付いて抱きしめてあげる時間が必要かもしれません。

 とはいえ、そんな気分になれなければ、その時点でとにかく落ち着くようなことをして、そんな気分になるまでまったり自分を整えたりする必要があると思いますが。

 久々にこんな心境になったので、改めて発見しました。
 うっとこらえて静寂の時間を作る、
 何もせず静かにじっとして、自分の内側から声が聞こえてくるのを待つ、
 あるいはドキドキが治らなければとにかく自分の呼吸や身体感覚に集中する……
 そんな時間ってとても大切なんですね。

 逆にいうと、静寂の時間が作れない時は焦っている時だということもわかります。
 焦りがあると、自分の身体の声なんて聞こえませんからね。
 そしてそんな焦りがある時こそ、「今日はもう何もしない!」っていうレベルで「何もしない」「じっとする」を選び、自分を見つめてみたほうがいいのかもしれません。
 焦りで頭が真っ白になっている状態で動いてもどうにもなりませんから。

「何もしない」「じっとする」もだし、「先のことなど考えず、『今・ここ』に集中する」ってやつです。
 わたしの尊敬する人の一人が言っていました。「時間とは実はつながっていなくて、今の1コマと一瞬先の1コマはもう別の宇宙だ」と。
 だから、数日先なんてもう今とは全然別のところにある世界だ、と。
 明日は今日の延長ではなく、別のストーリーだと。

 確かに、そうかもしれない、と思います。
「人生何があるか分からない」って言いますけど、本当にそう感じられるようなことが起きる時って、今までの出来事から類推できないようなことが起きるので、まさに「時間って実は繋がってないんじゃないか」「別の因果律のある宇宙にわたしはジャンプしちゃったのでは?」って感じることがあります。パラレルワールド的な。
 だから、この感覚はストンと肚に落ちるところがあります。

 そう考えられるなら、そう感じられるなら、確かに、先のことについて焦るのではなく、『今・ここ』に集中することがとても大事です。

 過去とわたしはつながっているけど、未来とわたしはつながっていない。
 過去は今のわたしの持ち物だけど、未来は今のわたしを縛ったり条件を課したりするものではない。
 この感覚がやっと掴めてきましたよ。

 確かに、未来って、卓の上の伏せられたカードの絵柄ぐらい不確定なのに、どうしてジタバタすれば思ったものが手に入る(ジタバタしなければ手に入らない)って思っちゃうんだろう。
 それに必要な技術はもっと全く別のところにあるって思う。
 運や縁をつなげていく技術。

 すごくスピリチュアルな話になっちゃうけどさ。
 でも大切なことだと思うよ。

 そっちのことを軽視するってことは、この世に運や縁がないってことにしてしまうことと同じ。でも、それって視野が狭いってことじゃん。
 実際は、世の中のものごとって大体運と縁でできてるじゃない?

 焦ってる時はわたしもそっち側のことを何も感じられなくなってしまうので、それも辛い数日間でした。
 でもようやく、そっちの感度もちょっとずつ戻ってきたかな……?

 

 あと、運や縁をつなげていく技術って、運や縁の吸引力を強くするだけじゃなくて、効率も上げることができるんだよね。
 吸引力=求心力と吸収力=学習能力を上げるってことだと思うの。

 それでその、運や縁をつなげていく技術っていうのは、
 わたしの尊敬する人たちが、「身体の楽を選ぶ」とか「気分よくいること」とか「やりたいことやって、やりたくないことやめる」と言っていることなんだと思う。
 つまり、自分の風通しを良くすることかな。

 思ったことを溜め込まない。プラスもマイナスも。

 これができたら相当強くなれる気がします。

 

 宵部憂