↑この記事への追記。……にしては長くなってもいいように、続きみたいに新しい記事を書くけど。
ようはさ、「傷つけたくないからアプローチしません」という拗ねであり、自分への安全装置っつーの、リミッターっつの? をかけてたんだよ。
わたしは自分がどれだけ人を振り回し、人に合わせることができない、そんでもって人が怖い人間かということを、意識的にしろ無意識的にしろ悟っていたから、
わたしも人を傷つけないように、わたしも人に傷付けられないように、基本的に一人でいなきゃ、って絶対思ってた。
友達ならまださ、付かず離れずできるからいいよ。
でも恋愛になっちゃったら、どうなっちゃうの。
「恋愛的に好き」っていうのは、わたしにとってそれだけ大ごと。……みんなそうか。
「人が怖い」はね、まだ実験と実践を重ねないと言い切ることはできないけど結構克服されたつもり。必要な時は自己主張をするし、瞬間湯沸かし器になるって決めたから。
でも、そしたらその分、「人を振り回す」「合わせられない」は加速するわけよ。
あとは単純に、わたしが楽しいとかいいなって思うものは変わってるかもしれないから、そんなわたしに付き合って人は楽しいんだろうか? っていう、これは恋愛でも友情でも当てはまる自信のなさはあるね。
わたしが対人関係自信ないのもここに尽きるかもしれん。
だから自分の話ってするの勇気いる。そりゃ多かれ少なかれみんなそうだと思うけど、だから、相手につまんない思いさせちゃうんじゃないかと思って自分の好きな話するのが怖い。
……それでやっぱ、「自分がそれを好きでいればいいじゃん、話しなくてよくね」って発想になるわけだ。
根本の部分では、恋愛も友情も好きなことも、全部繋がってると思うんだ。今のは好例だったね。
いつまでうじうじしてんだ早く飛べよって話なんだけど、この際だからぜんぶぶっちゃけたい。せっかく気づけたし向き合えたんだもん!
それで、自分の「好き!」って気持ちを表現することに不器用なんだと思いました。
とにかく自分に人を付き合わせることを申し訳ないって思う。
そんなこと思ってたら対人関係なんかパァなんですけどさぁ!
でも、これは、そろそろ頭を切り替えて、「わたしのわがままは人を幸せにする」って思った方が良いな。
そりゃ、わがままが叶わないことに駄々をこねるのは子どもの仕事であって大人のすることではないよ。ってか、叶わないってことは何か宇宙の意図があるか、自力で叶えなきゃいけないかだと思うから、駄々をこねる必要もないし。
ただ、そもそも、わがままをさぁ、口に出すことぐらいはさぁ、表明することぐらいはさぁ、当たり前だけどすべきだし、していいはずだよね。
というそんな当たり前のこともわかってませんでしたぼくは。
わたしの願いを表明することは、わたしの願いを叶えたいと思ってくれてる人を幸せにすると思うんだよ。そゆこと。
もうちょっと前向きに、ガツガツと人間関係やっていきたいと思います。根明の陰キャにおれはなる!