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「自分の食い扶持は自分で稼がなきゃ!!!!」

 って、超焦っていたわたしは、
 まあ、偉いのかもしれないけど、
 焦りすぎていてふつうじゃない感じだったし、
 あと、なんて受け取り下手だったのだろう……と青褪めています。

 いつもそうで、わたしは焦るのがすんごい早いかと思ったら、締め切り直前には余裕ぶっこいている、というパターンがとても多いのです。
 最初に、まだ周囲の誰もがのんびりしている時に、溺れたのかというぐらいバシャバシャバシャバシャもがいて、
 周囲が焦ってバシャつき始めた頃には優雅にカクテル飲んでる、みたいな感じなのです。
 だから今回もどうせそんな感じなんだろうなって。

 なんだろう、受け取り下手というのは、
「大丈夫だよ焦らなくても」「何も心配してないから、ゆっくり休んで考えな」って、親をはじめ周囲が言ってくれているのに、わたしはそれも話半分にバシャバシャしていたなあ……と思って。
 そこで「愛されているなあ」ってじんわりして、もっとどっかり構えてもいいはずなんですけどね。

 ただそこは、わたしの中の「春夏/秋冬パターン」のせいでもあったので、ここまでバシャバシャ必死に泳いできたのも、絶対どこかで実になるでしょう。

「春夏/秋冬パターン」というのは、自分のサイクルとしてずーーっとあるなぁと思っていたのですが、やっと考えがまとまりました。

 わたしは4月から9月(ちょうど大学の「前期・後期」と同じ分け方ですね)の「春夏期」は、とにかく活動的になり、もう「ウェーーーーイ!!!!!!」みたいな感じでなんでもやってみたくなり、
 10月から3月の「秋冬期」は、静かに過ごしたくなり、隠居したいとか言い始める……
 というのを繰り返しています。

 これは主に太陽の高さが強く関係していて、
 光が強く鮮やかな春夏は、それに照らされてわたしも弾けるような命の燃やし方をしたくなり、
 光が弱く優しい秋冬は、わたしも穏やかに満たされていくような過ごし方をしたくなるみたいなのです。

 例えるなら、ぷりっぷりの野菜と薪窯でじっくり焼いたパン。
 例えるなら、花火の火と暖炉の火。
 例えるなら、果実のしぼりたてジュースと生クリーム入りココア。
 例えるなら、水彩画と油彩画。
 例えるなら、生花の花輪と手編みのマフラー。

 ずっと、ものすごく活動的なわたしと、ものすごく静かなわたし、どっちが本当の自分なんだろう?って悩んで、安定しないというか一定しない、どれを「わたし」と考えたらいいのかわからない自分に混乱してきましたが、
 なんのことはない、どっちも自分だったってことです。

 わたしは女の身体なので、基礎体温すら一月で二層あるんだから、季節で人格が衣替えするのも当たり前かなって思いました。
「自分というものは一定である」というのは、確かにとても近代的で男性的な考え方かもしれず、わたしには合ってなくても無理はなかったです。

 だのに、一定である、一定であるはずだ、一定でなければならない(三段活用)という思い込みのせいで、春夏期なのに静かにしていようとしたり、秋冬期なのに動かなきゃダメだと思ったり、本当に無駄なことをしていました。反省。

 わたしがこれから先続けていきたい、「自分の身体に合った生き方」というのは、突き詰めるとこの季節を乗りこなすことなのだと思います。

 太陽の高さ、気温、湿度、空気の匂い、草木の緑の色、などなど、様々な条件は刻一刻と変化しているし、同時に円環を描いてもいます。
 そしてその自然の円環の中で、わたしの身体や精神は常に影響を受け、活動的になったり、寂しくなったり、落ち着いたり、走り出したくなったりします。

 わたしには、その全てが、「生きてる!」っていう命の叫びのように感じるのです。

 それを、全部営みにしていきたいと思っています。

 

 最後に、この「身体の季節」とは関係ないことですが、書いときたかったので書いておきます。

 過去の自分に青褪めたり恥入ったりするの、いい加減慣れようと思いました。
 自分に対しては青褪め慣れしないとなって。(「青褪め慣れ」て。)
 じゃないとどれだけ勇気があっても足りないです。何か挑戦するたびに、それがいつか「わたし何にもわかってなかった〜! ガビ〜ン」に変わる可能性があるってなると流石に。

「過去の自分、何もわかってなかったな」って思えるってことは進んでる証拠なので、なんていうんだろう、本当に昔の自分を責めたり恥じたりしなくていいってことを覚えたいです。

 こういうのは自然に思えるようにならないと意味がないので、しばらく様子を見ます。

 それこそ、「過去の自分何もわかってなかった〜〜〜〜〜!!!!」ってなることが日常茶飯事になれば、慣れて、なくなる感慨かもしれません。

 なまじ周囲にわたしと近い方面のことでバシャバシャしている人が見当たらないので、自分ばっかり必死でダサいなって感じることが多いんですが(そのせいで前に進むとすぐ「過去の自分痛いな〜」って思っちゃうのかも)、
 きっと誰もがバシャバシャしないといけないタイミングはいつか経験するもので、わたしはそれが今だっただけだし、
 案外わたしは傍から見てもダサくないし、
 ダサいって見られたところで、本気だっただけなんだからいいじゃんって思いたいな。

 ほんとにねぇ、自分のこと垢抜けないなぁって思うよ。それが中学の時からずっとコンプレックス。だから自分のことずっとダサいって思ってるの。

 ……あ、また厄介なもんが見つかってしまった……