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 さて。

 さっきはブチ切れてて、とにかく感情を出すことを優先したけど(そうしないと自分が内側から破裂しそうだったんで)、出したらだいぶ落ち着いてきた。

 わたしは怒りの沸点が実は低くて、我慢が大の苦手。
「何でわたしがてめえに付き合わなきゃならねえんだよ」という、色々なことを一言でまとめるとそこが芯になるメンタリティで不登校を貫いてきた歴史を持っている。

 でも、過去には、わたしが親の(特に父親の)怒りに怯えていた歴史があったため、「わたしは怒りを表に出して人を怖がらせないようにしよう」と心に固く誓っていた。
 でもその結果、わたしは自分の意に染まないことを「やらなくちゃ」と抱え込む羽目になってしまい、死にそうなぐらい重力が身体にかかった状態で這いずるように生きるルートに落ちてしまった。
 そして腹の中は恨みでいっぱいになった。

 ということで、ムカっときたら全部出す、を、この先はしばらく徹底しようと思っている。
 そうしないと舐められて、相手も冗長して色々言ってくることになるからな。
「こっちにも考えがありますけどね」は、いつも戦うことを考えてるとかそういうことではないんだけど、相手によっては携えとく必要がある。

 ……っていうか、徹底も何も、わたしは本来は人の言うことなんて一つも聞きたくないし、潔癖で「それは嫌だわ」がめっちゃある人間なのでね。

 

 うーんなんか、今のこのオリンピックなんだかんだ言ってできちゃってる状況が、小学生の時言葉では説明できなかったけどひしひしひしひしひしひしひしひしと感じてた「みんな調子の良いこと言ってんじゃねえよ」「特に先公。オマエはそれをちゃんと考えて口にしてんのか?????」「それを疑いもせずに信じて従ってんじゃねえよ」「こんなの絶対おかしいのにそういうもんだとか言ってんじゃねえよ」「みんな甘ったれてんな」「事なかれ主義は悪なんだが????」「わかりやすさに流されてんじゃねえよ」みたいなことのリバイバルでしかなくて腹に据えかねたっぽいですね。

 10年以上ダメじゃんこれって思ってたことが何にも変わってないどころか悪化してるかもしれねえところがもーーーーーーーー、今まで感じたことがない憤死しそうな、怒りで行動力が増すどころか自分で自分の感情に押しつぶされて身体が重くなるレベルの憤怒を感じましたね。
「ふんぬ」って響きにぴったりの感じ。怒りすぎて言葉も声も出ないレベルっていうか。「ふんっっっっっっっぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬううううううううううううううううううううううううう!!!!!!!!!!」みたいな。
 いや声出てるがな。「う」でめっちゃ唸り叫びしてるがな。
 でも言葉にはならないんすよ。怒鳴りにもならない。息が止まる方向の怒り。

 もうこれは親とか先生とかそういうレベルの対象に対する怒りではないので、これこそがわたしのやるべきこと、もちろん自分の心も個人レベルで満たしつつ、そっちも自分のやるべきこととしつつ……っていう悟りを得た気がします。誕生月の悟り。
 社会への怒り。

 その表現方法もわたしオリジナルでいかせてもらいます。
 リミッターも外れたんでね。

 その悟りについては次のブログでちゃんと書こうと思います。
 一旦このブログはここで締めます。

 

 小学校って、実はこの国の人間が一生のうちで経験する中でも随一の、政治的な思惑バッキバキの空間だと思うんだよな。

 っていうか、そうです。公民と歴史の合わせ技でよくわかることです。教育委員会がちゃんと分権されていないので、「教育これでいいんかい?(委員会だけに)(激寒)」みたいな見直しが行われにくすぎィ!!!というね。親御さんたちもお忙しいからPTAもその辺りのことに切り込むのは厳しいわけで……
 ……現場の先生たちは、難しい状況の中で精一杯のことをされてると思うんだ、わたしも当時からそうだったけど先生が悪いとは思わない……制度が悪い。
 制度が悪い!!!!!!