病んでるけど病んでない。
それがわたしを表すわかりやすい形容詞だと思う。
病んでるんだよ、過去から引きずり続けて今もなお尾を引く感情をぶちまけると、徹頭徹尾病んでる。
そして今まで、それはいつか浄化されきる時が来るって信じてた。
そしてさらに、病み続けるのも嫌だった。
だってそれって絶望だし苦しみ続けるってことじゃん。
そんなのつまんないよ。
わたしはそんなのつまんないって思うから、「いや、大丈夫!!!!!」ってなんか、吹っ切ってどこへでも行こうと思う。
っていう、「元気な人」と「病んでる人」の繰り返し。
いつか自分から病みは抜けきるって思ってたんだけど、ちょっとそもそも原理が違ったかもしれない。
わたし、落ち込んで悲しい気持ちになったり、昔の辛かったことを思い出しては自分に優しくするんだけど、そうでもないときは自然に頭の中が厳しい人になっていてね、理想が高いって言えば良い感じかもしれないけど、わたしに無理難題を要求してくるんだ、その厳しい人は。
ほんとうは、「君以上に大事なものなんてない」ぐらい言ってくれる男前を頭の中に住まわせたいのにさ。
落ち込んでる時じゃないと、そういうこと自分に言ってあげられなくて、それがイヤ。
でも、その落ち込みがなんで来るのかって、一個一個解決していけばいつかは落ち込むこともなくなるのかもしれないけど、自分の闇を舐めてたんだよね。
あと、自分の鮮明な記憶力を舐めてた。
そう簡単に闇を抜ききるってことはできるわけないかもしんないから、地道に一回一回落ち込んで、一回一回そのたびに自分をケアして、それを癖にして、抜けきるってことを忘れた頃に、忘れた頃にっていうか忘れてるから抜けてる、ぐらい、時間がかかることなんだろうな〜って、感覚の違いに気づいた。
わたしは感覚が鋭敏だからなのか、記憶がやたらと鮮明で、普段は意識して思い出すことができないような辛かったことも、ふっと予期せぬタイミングで、今その時にいるみたいに思い出してしまうことがある。
いや、それはわたしの中では「思い出す」っていう感覚なんだけど、他の人から見たら違うのかもしれない。「思い出す」っていうことからはかけ離れた、桁違いの生々しい感情が蘇ってくるから、今のことのように落ち込む。
そう、わたしが落ち込むことって大体、昔のことを思い出すからなんだ。
今のことでつまづいたとしても、それに投影されてる昔の辛かったことで落ち込んでる。というか、病んでる。
なんなら、当時は湧いていなかった感情も、今当時のことを「思い出す」……というか当時に「帰る」ことで感じ直してる、みたいな状態も結構ある。
最近だと、わたしは進学校に通っていたので、長期休みの前とか定期的に「勉強しろ」ってひたすら言われる(しかも各教科の先生から+学年主任からもあったりする)儀式があったんだけど、あれ、当時は(わたしは得意科目に関しては成績だいぶ良い方だったし、苦手科目はばっくれたかったから聞かなくてよかったんだけど)大真面目に聞いてたから苦痛でもなかたんだけど、最近になってあれを「体験し直す」と、それがいかに自分にとって苦痛だったかがぐわーーーーっっと湧き上がってきて泣いてた。
あれのせいでめちゃくちゃ不安になってたの。高校時代わたしは進学校の外の世界を知らなかったし、危ないからあれはやっちゃダメ、これはやっちゃダメ、それやったら勉強の時間なくなっちゃうんじゃない?みたいなことをいろいろ言われてるような感じがして何もできなかったから、「ちょっとでもミスったらお先真っ暗だ」って思い込んでたのね。それでその儀式が拍車をかけて余計に頑張っちゃってたっていうか。あと、わたしは勉強しなくても授業聞いてるだけで点取れる人間だったので、自分がどうして勉強できるのかも自分でもよくわかんなくて不安だったし。当然、親もわたしが全然勉強してるそぶりないからナーバスになってピリピリしてたし、みたいな。
でも、それがしんどいなんて当時はあんまりわかってなくて、ただ気付いたら身体が具合悪くなってて、自分でもどうしようもなかったんだけど、周りにも責められる(感じがする)し。病み。みたいな感じだった。
仙人になりたいとか隠居したいとか楽園に行きたいとか、とにかく楽になりたいって思ってたんだけど、それも無自覚だった。とにかく自分が苦しいってことがわからなかった。身体の具合は悪かったけど。自分が自分に厳しい自覚もなかった。
……うん、全然自覚なかった。
あんなにも勉強しなきゃって思ってたんだ、わたし。
だから、全然バランスがわかんないの。子どもじみた甘ったれと、自分を律するっていうの?そういう部分のバランスが。
バランスなんて知るか、甘ったれ100%で生きていくんじゃいとすら思ってる。
そっちの方がまだわたしには良いのかもしれない?
んーーーーでも、わたしには自立心はあるからさ。
自分の足で立ちたいし、人の世話になりたくないって気持ちもあるんだよね。
だから、やっぱ、どっちつかずで、扱いにくい。自分のことが。
自分のこともっと知って、扱い方、いつかわかるようになりたい。
自分の足で立ちたいけど、自分を律するなんて知るかよ。そんな気持ち。
腐らずに生きていけ、なんて、無理言うなよな。
ちゃんと腐ってみたことあんのかよ、そういうこと言う奴らはよ。
もっともっと自分の目指す方向に、良くなっていきたい、っていう向上心もあれば、
そんなのもう無理だよ、っていう自分もいる。
諦めてるんじゃなくて、悲しんでるのよね。
あんまりさ、正直、昔に傷ついたから、自分は昔に傷ついた人間なんだ、みたいなこと、あんまり言いたくないんだ。そういうスタンスでいたくないんだ。
でもやっぱり、自分の気持ちとしては、過去に戻っちゃうこともあって。
だけど過去に戻らなくなるまでは、どれぐらい時間がかかるかわかんない、下手したら5,6年? いや、10年? それぐらいかかるかもしれない。
でも、過去に戻っちゃうことがなくなるまで、日の目を見ちゃいけないとか、何ていうの、完成してないから外に出しちゃいけないとか、そういうことではないよね。
もうすでに今のわたしとしては完成してるんだから、そのまんまアピールしてけばいいと思うの。
蹴躓いたり猛進したり、両極端な自分のこと、もう少しそのまま受け入れてみたい。
昨日大泣きしてるかと思ったら、今日はもう何かに夢中になってそんなこと全部忘れちゃってる。
それぐらいの振り幅でも、しかたないよね。それがわたしだもん。
むしろ、それぐらい素直に、自分に対して柔軟に生きていきたいな……