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 このブログの続きというか補足というか、このブログを書いていたら書かなきゃなってなったことです。↓

 本当はもう少しフェミニズムの歴史についてちゃんと学んでから語るべきだと思うので、あまり突っ込んだり断定したりすることはせず、あくまで現状、わたし個人が考えていることをまとめる程度にしていこうと思います。間違ったことを書いて、この先勉強したら修正することもあると思います。その上でお読みいただければ幸いです。
(第3波フェミニズムがどのような過去の反省を汲んで起きているのか、ということへの理解は多少なりともあるつもりですが、フェミニズムや女性学、女性の地位回復運動などの全体の歴史をはっきりと掴めているわけではない現状なので、もっと勉強が必要です)

 わたしは女性の身体を持っていて、女性として社会の中で生きていかなければならないことに絶望し、一時期は本当に自分の身体が気持ち悪いなって思ったり、こんなに女性の身体でいることが耐え難いってことは、わたしは女性じゃないのかもしれない、と思っていました。
 でも最終的には、せっかくこの身体で生まれてきたんだから、この身体を愛して生きるってことをやってみたいとか、女として生きたい、女として愛されたいって思うようになりました。
 もちろんですが、全然、女性と分類される身体に生まれて自分の性に違和感を持っている人はみんなこうだ!とか言うつもりはありません!!!!!! わたしの中でそういう答えを出したと言うだけですので気にしないでください!!!!!

 だから、「女性」ということに関しては、個人的なレベルで、専門家として社会の役に立てるみたいな話では無いのですが、自分のためにちょくちょく勉強・研究してきました。
 その中でわたしの中の2本の柱になっていたのがフェミニズムと子宮系で、どっちかだけじゃダメだったんです。
 それがどうして2本の柱になったのか、みたいなことを書いていけたらいいかなと思って、このブログを書き始めました。

 フェミニズムと「子宮系」を並べるという、とても自分的にも怖いタイトルをつけましたが、がんばって書いていこうと思います。

 まず言葉の定義からすると、わたしは、フェミニズムとは、
 社会の中で女性という存在はどのように語られ、扱われ、制度の中に組み込まれ、
 それによってどのような非対称性を
(主に男性という存在に対して)帯びてしまっているのか、
 その構造によって実際どのような苦しみが女性たちの中に存在しているのか、
 それらの事例をどのように分析できるのか、それらの事例・問題に対してどのような解決策・防止策が取れるのか、
 構造自体を変える方法は何なのか、変えるための良い運動の仕方とは何なのか、
 
などなど…を考えていく、一連の、総合的な学問のことだと捉えています。
 ですから、社会の中で女性が生きるということや、女性が社会と関わる間で起こる・起きている・起きてきた様々なことについて、理論的・客観的・現実的に考えるのには、フェミニズムの教養が不可欠だと思います。

 でも同時に、……うまく言えないんですが、世の中の、「(すぐには)どうにもならない辛いこと」を、どうやって乗り越えていくのか、どう捉えていくのか、そういう心の支えみたいな部分……かつては信仰や宗教が担っていたであろう部分を埋めてくれるものが、人間には必要だと思うんです。
 もちろん引き続き宗教でもいいし、哲学でもいいし、自分なりの信念でもいい。
 女性として社会の中で生きるのには、確かに色々と困難があって、その困難を生み出すような社会の不均衡は変えていくべきで、そのために色々な策が実際たくさん考えられていて、実行に移されていると思うんですね。それは、本当に少しずつだけど効力を発揮して、本当に少しずつだけど社会は変わってきているんだと思う。
 でも、やっぱり理性的にはそうでも、感情や身体感覚的には、「そんなん生きていける気がしないんだけど!!!」とか、「ふざけんなよ!!! もう知らない!!!!」「今すぐにどうにかなれよ!!!! ならないんだったらお前らなんで存在してるんだよ!!!! シネ!!!!!」ってなると思うんですよ。わたしはなりました。あと、これは理性的とか関係なくふつーに「変わる速度遅すぎだろ!!!!」ですよね。
 で、これらの気持ちも大切にしないといけないって思うんです。
 ただ、……あまり言及すべきではないかも知れませんが、フェミニズムが「過激」と呼ばれる一因には(もちろん今の構造を変えようとする動きを、この「過激」って言葉で片付けたくなる人もたくさんいて、そっちのせいで「過激」ってイメージが広がっちゃってるのも間違いないと思います。だから、これはあくまでほんの一部の話です。あと、「黙れ」「過激なことを言うな」って言いたいわけでもないです。怒ってくれる人が居続けてくれるおかげでフェミニズムは続いていくわけなので。だから気にせずに、女性たちには思ったことを言ってほしいんですけど)この「そんなん生きていける気がしない!!!」「ふざけんなよ!!! もう知らない!!!」の逃し先が、社会を変えること一本になってしまうと、変わらない社会に絶望し続けるしかなくなってしまうじゃないですか。まだ変わらない、まだこんなにも変わらない、って。そう思うことがいけないわけでは全く無いけど、社会が変わるまで自分は苦しいまま、って思うのもまた、しんどいじゃないですか。
 ……でも実は社会って一枚岩じゃなくて、人から言われたことや自分の身に起きたことをどういうふうに解釈していくかで、全然自分の生き方も心持ちも、そこから生み出される未来も変わっていったりする、って側面もあるわけで。
 宗教とか哲学ってその部分だと思うんです。「どう解釈するか」、「何を根本的な真理とするか」。
 わたしにとって、女性を生きるということについての、「どう解釈するか」「何を真理とするか」っていう哲学を支えてくれる部分が、「子宮系」だったんです。
 それはそれとして現実に起きていることについて考えるために不可欠なのがフェミニズム。
「いろいろある中で、自分はどう生きていくのか」っていう個人の人生論が「子宮系」。

「子宮系」って何なのかちゃんと書いておきますね。たぶん、誤解している人も多いと思うので、子宮系っていいよ!って言ってるわたしからの説明をしておきます。
 女性は、一人ひとりの、自分の子宮を大事にしよう、っていうのが「子宮系」って言葉の由来なんですけど、「子宮」っていうのは、とっても具体的で象徴的な言い方をしているだけです。
 単なる母体崇拝とかそういうんじゃ全然無いです。
 本質は、「自分の本音と、身体と、性にちゃんと向き合って(それは醜悪な部分もあるかも知れないけど、そこにこそ生まれてきた甲斐みたいなものがきっと隠されてるからさ)、大切にしていこう」っていう意味なんです。
 自分の、本音(抑圧された・しがちな感情、過去のトラウマ、本当の望みetc.)と、身体(本当は休みたい、本当は動きたい、快・不快etc.)と、性(セクシュアリティ、アイデンティティ、どんな人が好きか、どんな恋愛をしたいかetc.)を、自分でちゃんとわかってあげよう、ってことなんです。
 めっちゃ真っ当なこと言ってないですか? フェミニズム学者としても知られるグロリア・スタイネムの言う「自尊心」に関する話ともつながってくると思うんです。
 でも、自分の感覚や個人的な快・不快とか、感受性とか、感情とかを、できるだけフラットにできるようコントロールするのが当たり前の現代人に向かって、「本音や感情や身体感覚や快・不快が大事」って言っても、まず自分の本音や感情や身体感覚や快・不快自体が自分じゃ良くわからないってことも多いじゃないですか。
 だからそういうときに、自分の婦人科系のトラブル(ホルモンバランスの乱れや冷えのように、ストレスの影響を特に受けやすい分野)だったり、性生活だったり(女性の性感は精神状態の影響を受けやすい)、生理のリズムだったり(女性の心身には波があって当たり前。均質な働き方や社会生活がしんどくても自分を責める必要はない)、そのあたりから目を向けてあげることで、自分の状態がわかるんじゃないか、本当は自分がどうしたいのかもわかっていくんじゃないか、そして自分がどうしたいのかに従ったほうが、全部うまくいくんじゃないか(そもそも自分の本望とはそのために湧いているんじゃないか)--だから子宮を大事にしましょう、って話なんですよ。

 最近では、それこそ自然や人生の波、それに伴う人の苦しみ、命に関することーー人間にはどうにもならないこと、という領域を「B面」と呼び、世の中には人間にコントロールできる「A面」だけじゃなく「B面」も存在する、その両面を同時に生きる辛さについて語る田房永子さんの言説なども注目されていますが、「子宮系」も、その「B面」をまず捉えてあげるのにはどうするか、どう捉えるのか、どう付き合っていくのか、などをケアする理論なわけです。

(話を戻してしまいますが、昔から、「B面」とどう付き合っていくのか、という部分が、神話や伝承、宗教、文化によって形作られてきたんだと思います。
 現代だって、神や神秘なるものが「信じる者には存在するもの」となったからって、「B面」がなくなったわけじゃないですよね。
 なのに、「B面」や「信仰」を、軽んじたり存在しないものとして扱うのは無理があると思います。)

 だから、社会を変えることは虎視眈々と考え続けつつ、動き続けつつ、
 でも自分では社会の流れってコントロールしきれないかもしれないから、そこに絶望しないように、自分の本音・身体・性をこつこつ大切にしつつ。
 そうやってこの社会で女性として生きていこうかなって、わたしは目下そう思っています。ということです。

「子宮系」について興味が湧いた方は、子宮委員長はるさんの「願いは全て、子宮が叶える」という本がよくまとまっていておすすめです。
 ふつーに本屋さんでも変えるし単行本一冊のお値段なので何にも怪しくないですよ!!!笑 わたし高校生の時に(生理が重すぎて悩んでて出会った)買って読んでましたから!!!笑
 まあだいぶスピリチュアルな感じではあるので、そういう系の話全然受け付けないという方にはお勧めしませんが……
 ただ、現実的な言葉で説明しても、「ストレスは身体に悪い」「本音を言わないでいるとしんどくなってくる」「だから、言おう。自分に言わせてあげよう。言いたい、思っちゃう自分を許そう」「本望が叶ったら嬉しい」「自己肯定感や自己愛や自分への許しは大切」「本音を伝えてみたら、意外とうまくいくことも普通にある」っていう、比較的当たり前のことが書かれていると思います。

 というわけで、自分の中でも「女」というのはやっぱり大きなテーマで、色々勉強したり考えたりし続ける日々なんですが、今のところこんな手札でいろいろ考えてます、これからも自分のため、ほんのちょびっと社会のため、研究(もはや自分が生きてること自体が実験だし日々考えることが研究なので、「研究!」って感じのエネルギーではないですが。たまにちゃんと本腰入れて本や資料を読んだり)をぼちぼち続けていくつもりです、というお話でした!