このブログ、少なくとも母はたまに見ているっぽいので、ちょっと恥ずかしいけど、赤裸々に書きます。
わたしは色々あって、父のことは好きだけど、同時にすごく怖いと思ってた。
これはもう、下手したら物心ついた時からずっとかも。
で、15歳くらいになると、身体も自意識も大人になってくるわけなので、「怖い」が、「許せない」になり、怨念や殺意になって、それから7年ぐらい? いつから殺意に変わったのかののりしろも考えると7年ぐらい、ずーーーーっと恨んでいた。
今はもう、今の父に対して……というかこれからの父に対して、怖いとか、恨んでるとかは無い。
でも、昔のことを思い出すと、やっぱり怖いなぁって思ったりもする。行ったり来たり。
小さい自分に心が戻っちゃう時がね、たまにあります。
でもね、怖いとか許せないとか、その気持ちのもとを辿っていったらね、タイトルのことに気がついたんだ。
わたし、ずっとお父さんに褒められたかった。
「怒らないでほしかった」っていうのもまあ、外れてはないけど。「褒められたかった」っていうのが一番しっくりきた。
だから、わたしはテレビに、本に、誰かの発言に、クラスメイトを褒める他の人の声に、とにかく周りの誰かを褒める声に、ずっと張り合おうとしてた。
わたしのほうがすごい、わたしを見てよ、わたしもああいうふうになってほしいんでしょ、って。
どんだけナルシストだよって思ったり、どんだけ自分のこと立派な人間だって思いたいんだよって思ったりも、してたんだけど。
でも、それもほんとうは、お父さんに褒められたかったからなんだと思う。
どうやったら褒めてもらえるのか、必死に探してたんだ。
ずっと頑張ってた。認めてほしかった。
言葉としては褒めてもらってたのかも。でもなんか、あんまりズキューンと来なかった。残念ながら……
ただ、だからわたしは今、わたしが勝手に頭の中に住まわせた「そんなことしてたらお父さんは褒めてくれないマシーン」の声に振り回されてほとほと参ってる。「お父さんに褒めてもらいたい」がどうやったらわたしの頭から出て行ってくれるのかわかんなくて、そいつのせいで勝手に人の言葉に落ち込んだりしやがるので困る。
父に「ずっと褒めてほしかった」とかも、もうすでにだいぶ前に言った気がするし……伝えたかったことを伝えられてないから残ってるってわけではなさそうだから、余計めどが立たない。
あーーーーーーー。
ここまでの話の流れとは関係あるけど飛躍したこと言うんだけど。
父親は、娘にアドバイスなんかできないもんなんだよね。
だって男だから。
男の生き方なんて娘には、わたしにはできないから、父親の言うこと聞く方がおかしいんだよね。
だって女だから。
身体も違うし、社会的におかれる状況も違う。
父親は、娘のことを理解なんてできるわけがないし、ということはアドバイスも役に立たない。話聞く必要はない。
応援だったらありがたく受け取ればいいし。
これ、なんでもそうだよな。
身体も違って社会的に置かれる状況も違うってことは、何に対してもアプローチの仕方が根本から違う、もしくは違うやり方しないと身体や心を壊すってことでもある。
いや、わたしがこれに気づくのが遅かっただけなんですけどね!!!!!!
なーんか、総合的に見て女性が少ない業界(趣味でも仕事でも)って、そうやってできてるのかなぁ……とも思ったり。無理やり男の人のやり方に合わせないといけないというか、女の人としてのやり方が確立されてないみたいな……
はぁああ。
わたしの頭の「お父さんに褒められたいおばけ」、どうしていったらよいのやら……
お父さんに褒められて、認められて、それでどうするっていうんだろう。男なのに。
わたしはお父さんにはなれないし。
別になろうとする必要もないのにね。
立派な社会人、立派な大人=おとうさんとおかあさんで、わたしは頑張りたかったからお父さんを知らず知らずのうちに目標にしてて、だから話をまともに聞いちゃってたのかもなあ。本当は人の話聞くのすげーーーーー嫌いなくせに。
その証拠に、今思い返すと、当時怖いと思っていたことに関して、だいたい「は?」と「話にならないんだけど」という感想しか思い浮かばないし。
早く父親のことを飛び越えたいな。