かきくらす — 古語で、悲しみに暮れること。

 朝目が覚めて、空気の匂いに含まれる塩気と湿気、白っぽい曇った空、重たい空気と蒸し暑さ、それに反して冷えていく下半身、ゆだる頭--というものを感じた途端、胸がギュッと苦しくなる。
 まるでそれが人生や世界の全てをすっぽり包み込んでしまったかのように、希望もなく、胸躍ることもなく、悲しいことや恐ろしいことが外界には溢れていると思い込む。実際には、天気によってそんなにも簡単にわたしの世界が変わってしまうことなんてあるはずはないのに。

 急にこの世界がわたしにとって安心できる場所でないかのように感じる。
 急にわたしがこの世界に歓迎されていないもののように感じる。

 そういう、本当は天候による空気の変化を微細に感じ取っていただけだったのに、メンタルの不安定と解釈することが多すぎた。

 こんなにも天候によって「自己肯定感」だとか「世界観」みたいなものまで揺らいでしまうのは、きっとわたしが天候に左右されるから天候から危機を察知しなければならない野生動物だった頃の名残なのだ。

 こういう精神状態の時には、何が起きても気にしすぎてしまうし、恐れたり悲しんだりの程度が大きくなってしまう。感情の基本モードが不安なので、付和雷同になってしまうのだ。
 そしてこういう状態のときに行う行動は、かなりが無意識のうちに不安に基づいたものだったので、自分を窮屈にし、うまくいかなかったのだ。特にそれが「生産的」な行動であればあるほど、不安な気持ちからの逃避なので、嫌になってくる。不安から逃げるためにする「生産的」な行動は、人の気持ちを貧しくする。まるで自分が死なないために生きているかのように思えてくる。まるで自分の生きていく世界があまりに狭く、生きるために満たさないといけない前提があまりに多いかのように思えてくる。

 そういうわけで、わたしはこういう天気だと、ひたすら根暗に引きこもりたくなる。
 普段以上に自分を抱きしめて、全てから自分を守ってあげたいのだ。

 今の私は大学生だし、単位のために授業に出るとか、「そうは言っても現実的にやらないといけないこと」があるけど、目標にしたいのはこういう天気の時に、一切外に出ないで、思う存分自分を引きこもらせてあげられる生活だ。