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注 フラッシュバック注意です

注 宵部には希死念慮全くありません。
  生き残ることしか考えていません。今も昔も。

 今日は具合が悪いので、ブログ書くのが捗ります。

 お腹は空いているのに、ご飯を買いに行くのも身体がしんどいし、買っても食べられる気がしない……そんな体力がない……という時間を過ごしました。

 わたしは普段、食べることを人生の楽しみの一つにしているタイプなので(だから、ピンクのサインペンが最近、日記に食べ物のことばかり書くのです)食欲がないということはかなり珍しいことです。

 そして、苦い思い出に直結しています。

 うまく言語化できるかわかりませんが、してみます。
 この先、フラッシュバック注意です。

 わたしは小学校高学年の時、塾通いをしながら不登校していました。
 不登校の理由は、
 ・同学年の子たちと全然気が合わなかったり、
 ・人間関係がめっちゃ色々あって大変だったり、
 ・抑圧的な先生たちのやり方が怖いし人道的にあり得ないと思っていたり、
 ・でもそういうことをはじめ、いろんな「そういうもん」や前提条件に誰も疑いを向けない環境が耐えられなかったり、
 と複合的なもので、
 もちろんその時にはとっくにトラウマもわたしの身体に搭載されていたので、余計、人の思念や気配や視線でいっぱいのあの空間が地獄のように思えていました。

 わたしの不登校に対する家族の反応は、
 母:困惑しながらも、行きたくないならいかなくていいと言ってくれる。
 父:行かなきゃいけないもの。
 という感じでした。
(後になって、というか最近なのですが、母が「でも、パパは本当は『学校なんて行かんでも大丈夫よ(鹿児島弁)』って思ってたみたいよ」とか抜かしやがって ハァ( ゜д゜#)? って感じでしたけど)
 この期に及んで何を言ってやがる〜

 わたしはそういう状況の中で、
 でも学校に行くくらいなら、トラウマティックでストレスフルなのには変わりないけれど、まだ慣れている我が家を我慢した方がまし、と思い、不登校していました。

 塾には行っていたのは、そんな中でも気の合う友人に出会えたからと、勉強がおもしろかったからです。

 そんなこんなでギリギリの状態のまま、2年ちょっと、卒業まで行くことになる塾に通いだしてからは1年半ほどがすぎました。
 今思えば、そんな状況でどうやって生き抜いたのか謎すぎます。小説執筆やボカロ曲のディグ、そしてそれを塾の友達と話す、ということにより、色々紛らわせていたのでしょうが、それにしたってストレスフルすぎると思います……

 そして受験が迫ってきたある日、わたしはいつものように家で勉強していました。その日は確か、体調不良か何かで、父も家にいました。

 わたしはその日、どうも風邪を引きはじめていました。
 なので、身体がきつく、教科書を開きつつも捗らなかったので、ダラダラしていました。
 でも、体調が悪いということは、あまり勉強しなければならない時に言っても(特に父には)受け入れてもらえないことが多いと経験則で学んでいたのもあり、あとその頃から「ちょっと調子悪い、でもうまく説明できない」みたいな体調不良はある子どもだったので、これも風邪などはっきり大人にわかってもらえるやつではなく、ないもののように扱うべき不調だ、と思い込み、不調だから休む、という選択を取りませんでした。
 体調が悪いからと、寝てしまえば良かったのでしょうか。

 その後お昼になって、父が部屋から出てきました。

 書くのが怖くなってきた。

 父は冷凍の鯛焼きをチンして食べながら、「ずっと勉強してたの?」と私に聞きました。
 私はド正直に、
「ずっとじゃないよ」
 と答えました。

 その後どうなったかは、あまりちゃんと覚えていません。

 たしか、父はたい焼きのお皿を流しに置いて自室に戻りました。

 物凄い音を立てて、父の部屋の扉が閉められました。

 私は頭が真っ白になりました。

 自分の身体から血の気がひいて、冷や汗が噴き出しました。

 そのあとは覚えていなくて、ただ、また後で顔を合わせた時に(鯛焼きはこのタイミングだったかもしれません)、父に「少しは勉強できたの?」と荒い語調で尋ねられ、私は、覚えていません。たぶん、答えられなかったんだと思います。

 その後夕方になって、その日はもともと母の仕事終わりに駅で落ち合って、願書用の写真を撮る約束をしていたので、恐怖で動かしにくくなった身体を頑張って動かして(本当に? 全然記憶がないし、できたのだとしたら、なんでそんなことができたのだろう)、ボロボロに泣きながら母と落ち合って、写真も多分撮りました。……多分、その日に撮ったんじゃなかったかな。

「お父さんのこと、怒らせちゃった」

 わたしがしゃくり上げながらそう言うと、母は狼狽していたように記憶しています。

 その後は私も本格的に熱を出して寝て……って感じだったと思うので、いよいよ断片的な記憶しかありません。
 取り合えずっ乳が「腸が煮え繰り返るわ」と言っていたのが聴こえたのと(思い出すと「それはそっくりそのまま同じセリフをお返ししますわ。腹を切れ」としか……)、
 母づてに「『受験させない!!』って言ってる」と伝えられ、「これから勉強頑張って、受験受けさせてもらえるようにしなきゃね」みたいなことを言われたのと、
 トイレにその時置いてあった本(生家にはトイレに本を置く習慣があります)に、「世界を閉じたくなるほどつらい日」というフレーズが書いてあったのを思い出して、「ああ、今のことだな」って弱冠12歳にして思ったのを覚えています。

 そんなこんなで夜が明け、次の日私はパニック状態の心身を叱咤して勉強を始めるのでした。が、そんな頭で何が学べるわけも、当然ありませんでした。

 身体や脳みそが空腹を訴えても、母がいつも冷蔵庫に用意しておいてくれるお昼ご飯を、ほとんど食べることができませんでした。

 その件の「ほとぼりが冷める」まで、どれくらいかかったのか覚えていませんが、わたしは受験をし、合格し、中高一貫校に進学しました。

 その後も一つだけ食欲をめぐる苦いエピソードがあり、
 高校時代、私は疲れ切って心身を病みまくっていたのですが、
「食欲はあるのに(ご飯は食べるのに)本当に体調悪いの?」と母に言われ、何も答えられませんでした。

 これは当時のわたしには言語化できていなかった(しても分かってもらえないと思っていたのでしょう)のですが、頭が重くて気分が悪くても、何か食べたあとは少し動けるようになるので(おそらく血糖値か血圧が上がるから、もしくは脳貧血がマシになるから)自分への処方の意味もあって食べていたのですが、そんなことは説明できませんでした。
 あとは、食べることが人生に残された数少ない楽しみだったのもあるでしょう。それと、食べないことに対する恐怖も多分ありました。

 これはごく最近気付いたのですが、わたしは人一倍燃費が悪く、空腹に弱いです。しかしその理由は、トラウマティックな出来事が起こるのを常に警戒し、回避行動をとる、という自動システムのために、人一倍エネルギーを疲って(まちがえた)使っているから、というのと、空腹状態だとその警戒が疎かになり、トラウマ的経験を引き起こしてしまうのではないか--これが「食べないことへの恐怖」ってことです--と思っているから、というのがすごく大きいようです。
 あとは、それだけ人一倍疲れるので、せめて食べなきゃやってらんない! の精神で、少し過食気味だったかもしれません。少なくとも、早食い気味だったのは間違いありません。

 実際、最近人との接触を減らし、自分の心の素直な声(あの子ピンクのサインペン)をよく聴いて、その要請に従って行動するようにしたら、食べる量が少し減りました。食べる速度が遅くなったからです。
 食事だって体力を使うし、手間がかかるんですね。
 だからこそ、味わって食べるととっても美味しいんですけど。

(今日も、さくで買ってきて自分の理想の厚みに切ったサーモンを食べました。
 ここは夢か天国かって思うくらい美味でした。)

 ……さて、今回のこと、とくに12歳の頃にあったことも、書くのはとても抵抗がありました。
 それは、もちろん怖かったから、思い出すのも本当に怖かった、というのもありますが、それ以上に、

「恥」だったからです。

 わたしが悪いんだ と思っていたからです。

 だから、隠しておかなきゃいけない、
 なかったことにしなきゃ、
 そう思っていました。

 そんなことはありませんでした。

 あの時のことを思い出すと、今でも、「全てを捨ててしまいたい」と思います。

 今まで、頑張っていい子になって、大人になって、誰も守ってくれないからと、そうやって自分を守ってきたけれど、どうやらこれまでのようです。

 これからは強がることをやめ、五体投地の精神で生きていこうと思います。

 でも、五体投地でいられるということは、「これだけは絶対にやっちゃいけない!」みたいなことも、もう自分に何も課さない、ということです。
 それはつまり、とても自由、ということです。

 五体投地した結果、家族に迷惑をかけようが、もちろん意外と物事がうまく行こうが、また家の中が大変なことになってパニックになろうが、一切もう自分でなんとかしなきゃと思わないとここに決めます。

 わたしは良い子ちゃんなので、自分が頑張って家の中の問題を解決しようとしてきました。

 でも、それももう、おしまいです。

 これからは、わたしはわたしの機嫌しか取らずに生きていきたいです。

 染み付いた癖なので、抜いていくのはそう簡単じゃないと思うけど、これからの人生の目標は、とりあえずそれにします。

 最後まで読んでくださってありがとうございました。大丈夫ですか? 気持ちが重くなったりしていませんか? もしなっていたら、少し休んで、ほっとするようなことをしてくださいね。

 それではまた、別の記事でお会いしましょう。